海 賊 気 ど リ


                                        高 沢 圭 史Hokuto 77
 

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筆の回復をお待ち下さい.

 フィクションの文脈から脱線しないで下さい。企業が海賊だと言っているのではありません。元海賊と自称する人物が大企業と勇敢に対峙した話です。




                                

                                                                               


 
                        海 賊 気 取  り


                           
                                     前 編      (呪 い)




 梗  概

初任研を終えた地方紙の新米記者が、どんな島でもよいから、四回シリーズに耐えうる材料を、その島で掘り起こして来いとのデスク命を受けて、漠然と瀬戸内の小島を訪れる。流刑地でなく、観光地でなく、火山島でもなく、島の選択を後悔しつつ、悶々としながらも、老人クラブ連合会会長から一昔前に一件落着した海洋汚染の事実を知る。縁あって、彼の孫娘、短大二年生で美形好き者DNAのヌーディストに一目惚れされ、呪いを掛けられたかのように惹かれ合いとなる。彼女の記者志望作家志望の才質と頭の冴えに助けられて、取材活動開始の運びとなり、汚染当時の漁業組合長が元海賊を自称し,特異な存在であることが判明して取材活動が充実していく。

[] 
 二企業による海洋汚染、それに伴う漁民の混乱、補償問題等;
「統治」の歴史的事実;現存する神社仏閣、史蹟;公共施設等は全て実在である時空設定、時空設定の交差、それに伴う生活環境、登場人物等は虚実混合である。

 御礼・お願い:
 拙いサイト『海賊気取り・前編』への御来訪深く感謝申し上げます。急ぎ働きの性癖で、沢山の誤記、誤植、誤用等が散見されますが、若しお気づき頂きましたら、下記にご連絡、ご感想等合わせお寄せ頂ければ大変幸甚に思います。どうかよろしくお願いいたします。(高沢圭史Hokuto77拝)
 
e-mail hokuto77@c-able.ne.jp  /// 09095740489 /// 0985-26-5061 /// 0835-21-3108




   章 目 次



  一 章   二 章   三 章

      四 章

 五 章 

 六 章     七 章   八 章   九 章 



























































           第 一 章


 西へ細く伸びる入り江の、突き当りの砂浜を踏んで、視線を沖へ移した。南北の方向に水平線が走ってい

る。その水平線まで海面はただ、ほとんど眼には留まらない程度に、ゆったりと上下に揺蕩っている。

  季節が同じであれば、さながら蕪村の‘春の海’のように‘終日のたりのた

’の時空を超えての再現であるかのようだ。時折さざ波が、いよいよ小さく

なって、砂浜に打ち寄せて来ては、ほんの少しずつ足元の砂
を連れ去って行く

。相島伸一の足元の砂も、わずかずつ削り取られてゆくが、気に障る事ではな

かった。入り江の左右に無人と思しき半島形が、西に向かってさながら入り江

の防波堤然として伸びている。秋も十月の末とあって、半島にポツンポツンと


赤味に限りなく近い紅葉
が顔を出しかけていた。
 

 
島の西端部に当たる此処は、やや遠浅でシーズンともなれば、鄙びた海水浴場として本土から、子連れが三

々五々訪れると思える空き缶や、哺乳瓶の類が目に付く。秋草の間に簡素な脱衣場の細い鉄が見事に錆びつ

いており、長閑さをしんみりと受け入れさせる。
十月の末は森閑として、防壁役の雑木林の中で、思い出し

たようにさえずる野鳥の声が、透明な日差しを揺するようにして届いた。島の西端に佇んで、自分には新聞

記者の素質が無いのではなかろうかと、相島伸一は今になって、ふと懐疑心に取りつかれた。
関西の私大を

卒業後、小さい時からの夢であった新聞社への就職を目標に、大学では経済学を専攻したので、「
日経」を

入社
の第一希望にしていたが、彼の学力では歯牙にもかけられなかった。気を取り直して地方紙を探し、や

っとの思いで関西経済圏の地方紙
Nに採用された。記者としての初任者研修は、三七21日間ハードスケ

ジュールの中を無難にこなした。

 全体研修の後、先輩記者と連れ立って、取材受け入れにも慣れている専任担当官も控える官公庁、警察署

等を主にしてノウハウを学んできた。その後は、支社に配属されて、上司を通じて取材の目的、対象を指示

従いながら、複数であたり、活字で公にする公正、公平な記事にするため、華美、装飾を削り、平明で達意

の文章作成の修練も積み重ねた。その過程で、直接、あるいは間接の当事者の、憲法で保障されている個人

の尊厳を傷つけたり、不必要な内面への立ち入りを回避する配慮が最も重きをなしたが、石の上にも3年の

年期が明けた時点で、何とかなりそうだと思ったのが早計であったと自責の念が頻りに頭を擡げる。
今回の

自主取材で、デスクは伸一に、離島はおろか、孤島も含めて、任意のある島での歴史的なこと、島の風土、

人々の生活
を対象とした取材を命じた。しかもこの取材の果実は、少なくとも四回程度のシリーズとして週

一回ずつの掲載可能を目標にしなくてはならないというものであった。一回の分量は、二百字詰め原稿用紙

で30枚程度となっていた。島と聞いて直ぐに、瀬戸内の小島しか思い浮べなかったのは、如何にも単略に

過ぎた。
 封建時代の流刑の地としての島も数々ある。[島とは言っても、今では本土から「
おーい ~

と呼べ「
何んか用かあー」と反応があるこの地に、] 果たして、シリーズ四回にも及ぶ材料が埋もれている

のか、それを発掘するのが、記者としての腕の発揮しどころであろうが、自分の迂闊さが、今更ながら、返

す返すも嘆かれる。
 幼少のころの憧れが、必ずしも本人にとって最適の職業であるとは限らない。自明な

ことなるが故に後悔の念は深い。郷里の親、兄弟達が、コネもあるからと勧めてくれた神戸市内の地銀あた

りが分相応であったのかもしれない。

その時、一声、二声、鮮やかに響いてきたモズのさえずりが、奇跡的に伸一の男の琴線をつま弾いた。年期

の明けたところで、未だ、足も眼も耳も遣わぬ内に、その佇ま
いを眺めただけで、早々と音を上げたのでは

、男の沽券に関わりはしないかと囁く。

ここは、何としても自力で、この小さな島を掘り起こさねばならない。次のモズで伸一は気を取り直し、

西の入り江の砂浜から、右手に色づいた棚田の稲穂を眺めながら、小高い峠を一つ越えて島の表、北側に引

き返してきた。
 改めて見直せば、本土との距離は近いところで200メートル程度のようだ。元々遠浅で

大潮時の引き潮では、歩いて渡ることも可能な箇所もあるようだ。手漕ぎの箱型の渡船が一艘待っている。

西に傾いてやがて、鶴瓶に変わろうとする秋日に映え、穏やかな小都市の南端の眺めが、落ち着きを与えて

くれる。伸一は
モズの掛け声のお陰で、一旦本土に渡り、一泊して公立図書館で、デスクが島とは容易に認

めそうにないかもしれないが、この島の歴史等を詳しく調ることにした。

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二  章 


 

                <図書館での調査結果概要>

 

相島伸一は、民宿に断りを入れて、本土で一夜を明かし、気分も新たに市立図書館で、県の地名や、歴史

辞典等を調べて、島に関する文献等の引用個所を抜き書きした。島名は出されていないケースもあるが、よ

く考えるとある重要な働きをしたことも判明し、経年順に整理してみた。

・苑院西国下向記」 元網の身元不詳

   『てふはういはん方なし、南ハまんまんたる海上にむかふの島とて中間一里ばかりなる小島

あり』(眺望言わん型無し:眺めは言語を絶する程のすばらしさ)

“三田尻の高洲の浜で大内義弘の歓待を受けた義満の一行は、翌14日に三田尻を出港してさらに西下を続

けたが、西風にあって
M島へ引き返した。” 
山内譲『中世瀬戸内海の旅人たち』と忠海より) [この西風は、

春一番をさすのであろう
]

[1] 901年:

  菅原道真公が大宰府に配流される途次、周防国府の勝間の浦に着岸して、漁人の粗末な小屋に一泊され

た。海上を南に向う美しい眺望に心を慰め、これを絶賛して遺言された。『身は筑紫の地に隠れても、魂

聭はこの地に帰る』と。絶景を構成するキーポイントは、海上を南へ一里ばかりで東西に横たう『
M島』で

、引き潮時は遠浅の見事な干潟であった。この島は、裏側から眺めることの出来る漁師達から‘
蓬莱(ほうらい)

しても親しまれていたという。

[2] 13893月:

 今川了俊(貞世)が足利義満に随行した「鹿苑院殿厳島詣記」に、『むかへ島といふうらに御舟を懸けた
り』

[3] 1556410

小早川隆景御判物仏(所収 村上太挫左衛門家文書)「M島一円之事 任承旨致同心候」

  とある。村上又三郎宛 弘治二年 4月10日。

[4]1688年:

毛利藩奨励による三田尻の各種開作が始動する。

   元禄元年1688)三田尻自力開作始まる(藩は直接関与しない、農民、寺社、私人としての武家等、あくまで私的な意味合い)

  “遠干潟江”の全域を対象とした公儀開作は、元禄12年~4の足掛け3年間に及んだ。これによっ

て、本土と島との間が、現代のように狭まった。開作地の海抜は
オランダと同様に、塩田、田畑はもちろん

、住宅地もすべて海面下である。頑強な護岸を必要とし、入川を引けば、堅固な樋の口仕掛けを必要とした

。昭和10年代、猛烈な台風に見舞われて命綱の堤防が決壊し、江戸開作前の波打ち際まで完全に海水に浸

水した。

島の対岸の開作地の地名は、その開作に直接関わった施工主を表して興味深い。海面であったのだから所

番地等が存在しないのは当然である。顕著な場合は以下のようになる:

  新上地御開作、国分寺御開作、寺開作、自力、新田、新開作、堀口、新道、問屋口等々。

近世初期以降、毛利藩は収益増を目標に塩田の干拓に本格的に取り組み拡大していった。

 全てに浜をつけ古浜、中浜、鶴浜、大浜、江泊浜、西浦浜の「三田尻六ヶ所浜」「入浜式塩田」として築

き、三田尻塩の銘柄で、播州播磨赤穂に次ぐ市場を抱えた。余談だが、‘
浜子’にとって、炎天下での夏季

の労働は生き地獄であった。劣悪な居住環境に加え、赤銅色の肌を晒し、一人1日に一升飯を必要としたそ

うだ。浜主による極悪非道な搾取の時代が、国策として塩田を廃止するまで、昭和二十年代の終わりまで何

世紀も続いた。それでも、職が無いよりましと言ってしまえばそれまでだが、持って瞑すべきである。若輩

の伸一にも感じるところがあった。

本土との海面が狭まり、単純な会話が可能になったが、島が東西に長く、外海への防波堤役を果たしてい

るが、それぞれに渡船場があり、東は役渡(無料)で西は自力渡(有料)であったとある。
当然のこと、人

的交流は開作以前よりも格段に頻度が増加した。そればかりではな
く、島へ移住して定住する人達が急激に

増加した。必然的に島は多岐に渡り瞠目の発展をすることになる。

記録に残る当時の公儀検地帳(1610)等で年代比較すれば差が歴然とする。

開作開始以前  田畑石高  129  人口 不明

完了後100年 田畑石高  339  人口1040

完了後220年 田畑石高  464  人口1438

三田尻の干拓、開作完了後は、M島には漁船15隻、石材運送船24隻、廻船10隻、千葉船(遊船・観

光船)
10隻が存在したとある。その後の人口増に比例して漁船が増加するが、石材運送船が断トツなのは、

棚田、護岸作成工事の需要増加からであったのだろう。
千葉船10隻は、他に娯楽は乏しく、当時の人々の

生活テンポが、今日とは比較にならない程ゆったりしたものであったとの証明でもあろう。

 島を根本から支えたのは農業であったはずで、庄屋、給庄屋、畔頭がそれぞれ一人ずつ置かれているとこ

ろからも、漁業、林業と並行しながら、主食の生産を最優先
した証である。

島にも、おどろおどろしい伝説があり、捕まえた海賊を釜茹でにした場所というのが山腹に残っている。

又、島内の地名、
[笠頭、洗い川]から,処刑の場所ではなかったのかの連想も湧く。笠頭は斬首の場所、洗

い川は,血糊を洗い落とす流れであったとの大胆なものである。
狐が人に化けて毎晩出没するという箇所も

あり、肝試しには事欠かない土地柄であった。

 島の東に鎮座する厳島神社は、豊後宇佐神宮から分祀されたものであるが、芸州安芸の宮島の神社の名を冠している。宇佐の許諾を得、厳島の承諾を得、大層なエネルギーを費やしての実現であり、宮島に対する強い確執、神社誘致への捨て難い未練、面子、依怙地等々複雑な心境が絡み合っていたのであろう。それを頷かせる伝説もある。清盛公が神社建立の場所の選定に当たって、M島は浦の数が一つ宮島より少なかったからだとの、もっともらしい話が伝承されている。上空から見ればいずれも長方形であるが“安芸の宮島回れば7里”に対してM島の周囲 7,420間(約3、5里)である。どうあがいてもかなう相手ではなかったのである。宮島には、神宿る島との定説が古くから存在していたという。本土から見た島への偏見、蔑視は払拭し難い。江戸が幕を閉じ、近代と呼ばれる時代に入っても、例えば、島の小学校への人事移動は左遷であったらしく、赴任する教員達も,その移動を歓迎しなかったようである。     

我が子可愛い親心は、時代を超る普遍で、漁業の親達は、折々の旬の獲物を子供に持たせ、担任にし上げ

たものである。島の娯楽は、東に鎮座する神社の夏祭り、豊年祭り、お神輿が青年団に担がれて島を東西に

往復する。帰りは「お休み所」から船で帰って来る。小さい村落ごとの盆踊り、そして一堂に会した総踊り

大会が燃え上がる。


  
島の真裏、南側の絶壁に鎮座するお稲荷さんも、初午時には本土からの信者の参詣も多く賑わい、歴史は古い。 島の風土は檜の成育に適せず、燃料としての雑木の伐採と自生の赤松の管理伐採、木炭製造、松茸保護採集、椎茸栽培等々、農業、漁業それぞれ単独の生計は立ちにくく兼業である。二つの兼業か、本土への官職、企業採用での兼業か、いずれにしても結構大変である。島に他所から定住した人々の内、漁業に従事している人々の大半は、播州赤穂に近い日生(ひなせ)からの人達が占めた。島の東に広く一集落を形成し、互いの交流も活発で生き生きとした開放的な集団で、同時に仕事柄、少々気が荒く言語も荒く、乙に済ましたことを嫌い、時には出入りもあった。船主、網元の身分も誕生して、それなりの統率も取れていた。同じ島内の他の集落とは異質、個性的な集まりで、多少敬遠される面があったようだ。他所から来たというので、よそ者扱いによる差別意識であったと言えよう。

この集落は、戦前の娯楽として無声映画上映や、旅回りの一座の芝居上演等も可能な‘稲荷座’と命名

した劇場を戦後しばらくまで経営し、娯楽文化に直結した場所
でもあった。
の周囲全体が、釣り人で賑わう

格好のポイントに富み、瀬戸内の小魚、引き潮時の貝類、海藻類が豊富で、釣り糸を垂れて
いない太公望を

見かけない日は無い。それが島の自慢の一つでもある。島内の武家は時代で変動があったが、市川家、小倉

家、同町家(長州藩柔術指南の系譜)、神田家、黒瀬家、等々である。

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 三    章

 

                    

 

 

相島伸一は以上のように、メモ書きした。

 市立図書館近くの大衆食堂で、魚定食を昼餉に摂り、伸一は堀口通りを歩いて下り、荷役の廻船で賑わう

三田尻港と、その対岸に縋りつくように立地している大手の繊維・パルプ工場を左手に見やりながら、百間

土手を歩いて抜けて、
M島への渡船場に辿り着いた。百間土手は開作で埋め立てた低地の防波堤という重大

な役を担っている。左手は外海から流れ込む潮が、風のある日は荒波となって打ち寄せる。右手には日本の

 大手発酵業の一つがでんと構えている。此処は近代化する以前は、十何世紀にも渡って
日本最古の天満宮

門前町
であったが、伸一が訪れた今は、中規模に届かない企業城下町である。鐘紡町、協和町との町名があ

る。問屋口の役渡船場から望めば、
M島はつい目と鼻の先の距離にある。長い竹竿を巧みに操れば、それ一

本で対岸へ着地出来そうである。民主化した今は有料である。片道10円とある。流れは結構早そうだ。水

深はそれほどでもないが、透明度は予想外に低い。何故か。対岸に上がった伸一は大きく伸びをして家並み

を見渡した。鮮魚の競り市場と思える天井の高いがらんとした建物もある。近寄れば、小魚のひねた匂いが

奥から鼻をつんーと突いてくる。
微かに弧を描いた岸壁には5トンレベルの漁船が所狭しまと西に向かって

数珠つなぎに舫っている。

  まさに沿岸魚業の漁村である。目に映るこの一帯が、播磨の日生からの定住者達の集落だなと、先ほど仕入れた資料を思い出しながら、中心街と目ぼしき通りを歩き始めた。舗装されていないが、将来軽四輪が擦り違える道幅ではある。醤油製造の看板があり、豆腐製造のそれもある。稲荷座、厳島神社の方へ歩を進めた。稲荷座のあった場所を尋ねてみたが、今は宅地だそうだ。神社はすぐ近くで、麓に以外にもちくわ蒲鉾製造所がある。活気に満ちている。

思いの外、広い境内を抱え、清掃も行き届いている。社務所は無人だが、たっぷりと余裕がある。境内に

貫録の樹齢の大木が生えている。島民全体が氏子と思われるが、こまめに維持管理をしているようだ。宮島

との確執も解消され今後安定して、その役割を果たすであろう。
 伸一は、取材価値を掘り起こせるように

、じゃらんを丁寧に鳴らし柏手を打って賽銭をはずんでおいた。住宅は密集している。幹線を一歩入れば乳

母車や、自転車がやっとのことである。これでは、向こう三軒両隣の朝餉昼餉夕餉の、魚と野菜が入り混じ

った総菜の香りが混ざり合うことであろう。過疎とは無縁の地である。一度何か異変があれば、全体に波及

したに違いない。掘り起こすならばここだなと、伸一は新米なりの嗅覚を働かせながら、昨日予約しておい

たが外泊した民宿へ迷うことなく辿り着いた。その民宿は島の中央部に当たる本土側に居を構えている。昨

日昼前に手荷物を預けた時よりも更に無表情になっていたこの宿の主人に迎えられて、割り当て
られた部屋

に腰を下ろして一休憩することにした。仰向けになって天井板の木目を見ながらまたしても、島を選び違え

た無念が浮かびかけたが、勢いよく振り払った。「お客さん、
2,3のメバルに45のカレイは有名じゃ

がのんた、チヌ、真鯛、こち、すずき、はも、アナゴ、タコ、イカ地元の生きのええんが、島の自慢ですい

のう。今日は生憎、送り物しかなえですいのう。」島を選び違えただけでは済まず、季節も少々ずれていた

ようである。デスクが感服する程のネタが無いのであれば、せめて民宿の魚料理でも賞味したいものだと、

宿の二階の窓から眼科の狭い海溝を眺めて、西に傾く日差しを受ける海面の夕映えに寄せていた期待も見事

に外されてしまった。漁船と思われる音の行き来だけが微かな期待である。こうなれば、無表情な主人を相

手に、地元の銘柄の日本酒を、ちびちびと味わう以外に、明日からの取材の英気を沸かせる方途はないと、

送りの解凍魚のフライを肴にして、伸一は主人にも奮発して地元の一級‘男山’をどんどん勧めることにし

た。「わしんとこは系図をもっちょらんが、こん土地での最初の位牌が、
宝暦五(1706)になっちょるん

での。こん島での初代は
, 
遠方の国、越前若狭からここん住み着いたちゅうことじゃがのう。」「息子さ

ん達はやはり本土の方ですか。」

 
 <ナマコ酢の物>

少々酒の入った主人は、女房殿を呼んで、「海鼠の取り立てがあったろうが、あれを造ってこい」と気前がよくなってきた。総白髪の、腰はまだ屈みかけてはいない妻が、大根下しと酢醤油であしらえた、海鼠の酢の物をさも大儀そうに運んで来た頃には、北東へ3キロばかり離れた本土の港から繁華街に掛けて、一斉に
ネオンが灯って来た。西方一帯の点在と合わせて、夜景と言えば其れなりに夜景である。
「わしらにゃあ、息子はおらんですいのう。二人の娘がそれぞれ本土に嫁にいきましたでのう。」それが主人の今晩の最後のセリフであった。女房が、「主人は明日の朝早ように沖に釣りに出るんだ」と、慰めと期待を持たせてくれた。

それに同行すれば、何か聞き出せるかもしれないとも考えたが、ひとまず、明日はこの島の老人会の連合

会長を訪ねて、ネタの糸口を探ることにした。伸一はお代わりをした海鼠を肴に、手酌で深けるまで男山を

味わった。

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  四   章

                      

 

 

伸一が一夜を明かした民宿を出て、本土を背に見上げると、ひやりとするような西風が頬をかすめた。秋

晴れである。西風に乗って白雲がゆったりと航行する姿は午後に入って日足がかなり進んでからのことであ

ろう。太陽を背にした稜線が東から西へ向けて優雅に伸びている。打瀬船の音が思い切りよくヒステリック

なまでに反響する。標高350メートル前後の山頂まで格好の音響版である。南北両岸にとって、潮時によ

ってはうってつけの目覚まし役でもある。

舗装されていない幹線を少し西へ進んでいると、色づいて垂れた田圃が左手にあり、にわかに棚田が続く。

漁村との別れである。微かだが消毒液の匂いがする。医師の看板がかかっている。貴重な存在だっただろう

。後に判明するが、旧制六高に失敗し、三高の岡山付属医専の卒業だそうであ
る。‘手遅れ’という別名が

ある。伸一の考えでは、手遅れと藪は大きな差がる。手遅れは、患者が診療に訪れるまでに進行し既に時遅

しである。藪は、診察時の遅速に関わらず藪である。幹線から中腹へ向かう蛇行した細い道が続く。見上げ

ると鮮やかな朱色の鳥居が山腹の頂近くに立っている。昨日調べた立岩稲荷へのガイドであろう。よく見る

と小さい朱色の祠が建っている。参詣して賽銭を上げれば、そこでもお参りが完了するのであろう。よく考

えてある。

棚田の様式で、水田の代わりに何段も民家で建っている。二尺程度の幅のせせらぎ沿いの小道を進むこと

にした。民宿から歩き始めて十分とかからない内に、島の小さな小学校の全景を見下ろせる位置に当たる益

本の家に着いた。この島でも、明治の中期以来、改修の必要に迫られていない、がっしりした造りの本格的

な日本の民家である。大層な門を構えた武家造りとは無縁である。

敷地の広さや納屋、白壁造り蔵等から判断して一軒しか存在しなかった庄屋か給庄屋とも考えられるが、江

戸から明治にか
けて、船舶業で財を成した傑物の系統かもしれない。いずれにしても鷹揚な構えである。小

泉八雲あたりが訪れたことがあれば、このような日本の家屋は、日本文化の代表の一つとして、海外に紹介

していたのではないかと思わせるような島の気候と風土を加味した居住地となっている。

 中でも一際際立っているのは、その石垣であった。数ある瀬戸内の小島と同じように、この島の中腹を横

に這う民家の列が、島の最も古くからの住まいであり、押しなべて屋敷は石垣で堅固に護岸されているのだ

が、益本家のそれはさながら城郭の石垣然としている。明治の石工の最高の技術になることは明らかで、排

水口をところどころに配置しなくては治まりがつかず、それでも必ず中ほどが膨らんでくるしかない現代の

土木技術では創出出来ない、びっしりとつまった見事な武者返し造りである。そんじょそこらの並みの費用

で完成したとは考えられない。益本家の庭の欅の大木の上で朝の冷気の中、モズが忙しなく囀っている。そ

れを時折の西風が
、バイブレーション付きで運び去る。本土の東西両端の港の活気を反映して、外洋からの

入船も
あり、互いに行き交っている船舶もいる。時折、太平洋、インド洋を航行する万トン級の貨物船もい

る。
その数は多くはないが。昨日伸一が西端の入り江の波打際に立った雰囲気とは異なりこの島にも何かが

あり、何かがあったと新米記者の伸一にも期待を持たせる朝の活気があった。

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 五    章








 

老人会の連合会長を務める益本喜輔は、訛りの少ない標準語で伸一を迎えてくれた。

「ほほう。取材ですか。お若いのに渋い所に目をつけられましたな。ははあ、編集長のご命令で。 そう

すると、相島さんのお育ちは、島とはあまり縁の無い、大きな町ですな。ゆっくりなさって下さい。」

家屋敷の造りを反映して、本人の人柄も、悠々迫らず何処となく風格が滲んでいる。標準語だから対応して

疲れないのが何よりも助かる。一方の喜輔は、例え駆け出しでも記者の来訪を受けたことに対してある種の

感懐を抱いた。彼は交通手段こそ現代とはほとんど変わらないが、大正4年
(1915)の春から九年(1920)

で本土の
旧制中学校へこの島から通学した。彼よりも器量も能力も優れた者達たちが大勢いる中で、それは

親の財力に多少の余裕があっただけの事だと謙遜しているのであるが、今の歴史家が分類する、あの大正デ

モクラシーの時代に旧制中学生として生活することが出来た。彼は四年修了時に旧制のナンバースクールの

入試に失敗して、明くる5年修了卒業の春には、早稲田の仏文科を強く望んだが、最終的には親父の忠告を

受け入れ、凡才を冷静に自覚して師範学校二部に進んだ。彼の学んだ旧制中学は、藩校から引き継がれて、

近代中等教育機関として早く体制を整えた他の県立中学校と異なり、私学から発して紆余曲折し、体制が整

うまで年月がかかった。従って上級学校への進学はこれという実績をいまだ挙げていない。本国内の軍関係

の海兵、陸士、海機、や東京・広島高師、ナンバースクール等は少数秀才を除いて高嶺の花であったのだ。

喜輔は師範卒業後、尋常高等小学校に勤務した。

  個人の自由な発想、個人の自由な表現に対しては、彼自身が受けた教育、戦前彼自身が学童達に強いてき

た教育を反省する
時、強い憧憬が湧き上がるのであった。そして敗戦と同時に、文字通りの自由な、言いた

い放題、したい放題の放恣が訪れた時、彼が中学生の時から憧れていた表現の自由のシンボルの一つとして

のジャーナリズムに強い疑問を抱いたのである。
戦後はその疑問を解くとために、只管、学童の表現力向上

の指導に全力を傾注してきた。
最後まで徹底して一介の教員で押し通した。定年前に出身地の島の小学校の

校長職にという
教育事務所からのお情けも一顧だにせず、作文指導に打ち込んだ。 益本喜輔は、日本が太

平洋戦争に突入していく過程を、当時のマスコミを通じて明確に理解しているつもりでいたが、戦後の変身

によって真実の歩みは、全て国民の眼から隠蔽されているのだと、頑なに思い込んだ。“思い込んだら~”

のようなところがあった。

そして二十年八月十五日を境にして、同じ学童達に、正反対の価値観を教えなくてはならなくなった自分に

対して、身の置き所も無い程の羞恥と嫌悪を抱き、一時は教師
という職を断念しかけた。それを乗り越えた

のは、やはり、乗り越えたのではなく、単に生きることへの執着に過ぎなかったのだと後年気づいたのであ

るが、この一連の激動、激変を通じて、子供達に作文を教えることの重大性をつくづくと思い知ったからで

もある。後になって振り返れば
[マスコミも、猛威を振るった軍国主義ファシズムの、筆頭犠牲者であった]

と知ることになる。

“言論の自由”は、その弾圧を前提にしての認識であると彼は考えた。従って、“言論の自由”その のの

中には、言論の自由に付加
されるべき[
良心]が含まれていない事態がしばしば発生すると益本は考えた。そ

れは、戦前から戦後にかけて、日本を代表していた、明治以来の歴史を持つ全べての全国紙が犯して来た、

あるいは犯さざるをえなかった、取り返しのつかない事実であると益本は考えた。彼自身の戦後の作文指導

で、全国的に名の通った指導者達の実践からはなかなか得られない、表現の自由の持つべき良心を植え付け

ようと全霊を尽くしたのだと一人自負している。そのために、戦後の教師たちの冷たい視線を
無視して、子

供達を直接指導することに徹してきた。彼が未だ中堅教師の時に、師範学校時代のある先輩から、学校運営

には、教師としてのロマンもあると説得を受けたのだが、彼は、現場の最先端に没頭してきた。長い教師生

活の心の柱を振り返って、恭輔は相島伸一の直向きな視線に、往年の彼自身を垣間見た気がして、新進気鋭

と名付けてやりたいこの駆け出しに、全面的に協力してやろうと決意した。「相島さん、あなたもやはり、

新聞記者になることが、小さい時からの夢だったようですな。」

 伸一は突然の質問に一瞬面くらったが、この平凡な老人会連合会長に、説明し難い親しみを感じた。差し

出された番茶を押し頂いて、薄切りの羊羹を一口頬張った時、応接間の硝子障子の外を、熟した柿が落ちた

。そして羽ばたきと共に、珍しく朝ガラスが一声挙げて飛び去った。「相島さん、新しいばかりが新聞では

ないですわなあー」伸一は頬張った羊羹の、すがりつきたいような微妙な甘味に、うっとりとしているとこ

ろであった。返答をする前に茶菓子を褒めた。益本が、得たりとばかりに手を打って、「甘辛両刀ですな。

『しほみかん』
という銘柄で、江戸時代以前からの対岸の老舗の銘

菓ですわ。」伸一は、田舎にも捨てがたいものが根付いているな、手土産にしようと感心した。「そうです

ね。今回の取材に、新しさを追うことは意味がないと、僕自身は考えているのですが。デスクが何と

言いますか。」「ははあー。
Nとおっしゃいましたな。案外地方紙に優れた人材が集まる場合が多い。」

益本は長い教師生活で、彼の眼で見た限りでは、地方に多くの人材がいることを体験していた。教師の経験

ですべてを推し量るわけにはいかないが、ジャーナリズムにも似たような面があろうと考えたのである。朝

一番の競り市に間に合いかねた小型漁船が一隻、焼玉エンジンを沸かして急ぐ音が忙しなく無く届いてきた

。あれは若しかして、民宿の主かとも心配したが、伸一は、「人材」の一言を聞いた照れをエンジンの響き

に隠して本題に入った。

 「この島から更に二十キロの沖合に浮かぶ小島には平家落人伝説があるのですがね。ところが、相島さん

、この島は、つい先ほどの太平洋戦争での兵隊さん達の気の毒な犠牲を除き,日本の激動には、ほとんど関

りをもっとらんですなあ。徳川から追われて、防長二州に封じ込められた藩主の前の政権時代にも、倒幕が

実現した過程でも、私が耳にしている限りでは、特に目立つことは無いですなあ-。塩田開発や田畑の開作

でも際立つもめ事があったとの伝承も届いていません。」「終戦直後から最近まではどでしょうか。」

「対岸の本土には小さいながらも航空隊がありましたから、米軍の空襲は受けましたが、迎撃する戦闘機が

すでに一機も無く、警報サイレンが空しく鳴るばかりで威嚇射撃に終わっただけで助かりました。そうです

なあー。私が物心ついてから、この島を揺さぶった事と言えば、昭和二十年代の中ごろから始まって、今に

余韻が残っている海洋汚染でしょうね。」伸一は早速メモ帳を取り出して、大いに期待を寄せた。遠くでヒ

ヨドリが頻りに鳴いている。「もう
ご存知のように本土側に、島と向き合うようにして東西に港が一つずつ

あるんですが、東の港を中心に戦前から大企業が二つ進出しているんですよ。先ほど触れたように、武器、

弾薬に関係無かったものですから爆撃は受けんかったんですよ。敗戦後しばらくして落ち着き始めた時点で

、経済の復興に合わせるようにして生産量を増加していき、次第に発展したんですよ。島からも相当数の人

達が職工として採用されています。近頃は又、不況の煽りを受けて採用を手控えたり、退職勧奨を頻りにや

ちょるようだが、こん二つの企業と島の漁民との間にトラブルが発生したんですよ。相島さん何だとおもわ

れますかな。」

「若しかして海水汚染ではないですか。」「さすが記者さんですな。正にカン、カン、カン、と三つでずば

りです。」「私はそん頃は本土の山間部の小学校を転々としていましたから、直接にはかかわっちょらんの

ですがね。」

「益本さん、水俣のように、人体に影響する公害問題に発展したのですか。」

相当前の公害問題がすでにひと段落しているのであれば、いくら新しいばかりがニュースでは無いとは言っ

ても、それでは
話題にもなるまいと、伸一は又もや失望を味わう羽目に陥った。絶望感を味わいながらも、

差し出された微温湯の萩焼茶碗に手を伸ばした。益本が手製と思える煙管の先に、キザミをひと摘み詰め込

んで、火鉢に入っている練炭の灰を押しのけて、一服さもうまそうに火を付けた。伸一は郷里の祖父を思い

出した。戦時中に祖父は桜の葉の枯れたのを徹底して干して、細かく刻んで鉛管の先に詰め込んでいたそう

だ。ニコチンが無いから、さぞかし健康そのものであったろう。ほどなく島の朝の喧騒も終わろうとしてい

るのか、漁船の出入りも途絶えたようだ。「公害問題ちゅうところまでは行かんのですがね。汚染による漁

獲高の減少と、その保障問題ですね。大したネタにもならんでしょうが、乗りかかった船だから、事の顛末

を一通りお話してみましょうかね。」伸一も気乗りしないまま一旦は下したメモ帳を取り上げた。

「二つん企業の内で繊維関係の企業の方が突然、そん廃液を薄めもせずに大量に港に流したんですよ。島の

東の漁港まで2キロ程度ですが、兎に角、島ん東半分以上の海水が真茶色に変色し悪臭を立ち込め
ています

んで、瀬戸内自慢の小魚が腹を上に向けて悉く浮き上がってきましたな。普段は海底に潜っているもんまで

浮いてきたといんだからすごいもんだったらしいです。広い湾内の魚が全滅したわけですな。例えが適切で

ないが、まるで原爆投下と似たような非情、卑怯なもんであったんですな。子供達が拾って家に持ち帰りま

したが、なんでも毒物を飲みこんじょるだろうと言うんで、煮てん、焼いてん食えんとはこんことじゃちゅ

うことんなって、ほとんどの家がまた海に捨てさせたそうですよ。わたしん同級生達の中には、今で漁業を

続けちょる者んがかなりおるんですが、相当詳しく話してくれましたなあ。その受け売りですよ。相島さん

、民宿の主人は更に詳しいと思いますよ。中には焼いて食べたところもあったらしい。後で他所ん家では捨

てたんだと聞いて、口汚い一家だと陰口を叩かれる事を恐れたらしいが、まあ、特にそれで、体に異常を来

すちゅうことが無うて良かったようなもんですがね。時の漁業組合会長は、確か[
北山太一郎]さんだったが

、もうこん人も昨年の夏に身罷りましたがね、対岸の妾宅でこん話を聞いて、繊維会
社に、一人で殴り込み

をかけちゃると、いきり立ったそうですわ。北山太一郎さんの過去は、秘密んベールに包まれた所があった

そうです。敗戦となって外地から引き揚げて戻った人ですがね。明治三十年代の産れですわ。徴兵は免れて

いたようだが、玄界灘から東支那海に掛けて、
海賊を働いちょったちゅう触れ込みがありましたな。しかも

十人以上は海上で人を殺しちょるちゅう大層物騒な伴奏も付いておりましたよ。こん島ん漁民達を

統率するには、そんぐらいの肩書が必要だったんかもしれませんがね。ここは遠洋魚業は、全くしちょらん

のですがね。日向灘近くまで出漁して、大分、愛媛両県の漁民達と度々悶着を引き起こしたこともあるぐら

いで、気性は荒い方でしょうな。造語も激しいもんがありますね 関西の荒くれでも、初めて聞く相手は尻

込みするぐらあだそうですわ。そんな荒くれの頭目になる元海賊の北山組合長が殴りこんで来るちゅう噂に

、企業の幹部達は色めき立ったそうですわ。東京の本社を引きずり出す前に、何としてでも北山組合長を丸

め込まなくちゃならんという戒厳令が敷かれことでしょうな。

 益本喜輔は、長い間小学校の教師をしていたことから来るのか、それとも彼の特異な才質のお陰なのか、

伸一をうまくその事件に釣込んでしまった。伸一はメモを取る手を下ろして胡坐をかいて、益本の話に聞き

入っている。老人会連合会長も今日は早朝から、暇潰しの格好の相手が来訪したという気配を示しているよ

うだし、慌てふためいて方々を探索したところで、大したネタは期待できそうにもないと判断して、伸一は

益本喜輔が納得するまで、その話をきくことにした。ガラス障子に射している秋の日輪が、そのような昔語

りをする側にも、聴き手にも、時の経つことを忘れさせるような、ゆっくりした、柔らかい影を落としてい

た。「北山組合長が既に故人になられたのはお気の毒であり、残念ですね。」

「相島さん、何か取材の糸口でも掴めましたかな。新米とおっしゃいましたが、なかなかの嗅覚ですな。お

や、電話のようだ。ちょっと失礼させてもらいますよ。」
  

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  六 章








益本連合会長が座を立った後で、伸一はもう一度今後の取材の展望を設定して見た。

 汚染と補償問題そのものは既に二十数以上前のことであるが、それが今も尚、この島の人々の生活に影響

している点を炙り出し、それを現在の政治的、経済的社会現象との対比で逆追及してみるのも興かもしれな

い。とにかく益本会長も若くは無いのだから、彼の記憶の蘇りの妨げをするのはタブーとして、語りを滑ら


かに進めるように相槌を打って行くことにした。「どうも、どうも。お待たせしてしまいましたね。老人会

の役員会を明日は島ん公民館で開くちゅうことになっちょりましたね。

今のは、そん欠席の連絡ですよ。」こん島も平均寿命の延びで、老人クラブの会員がどんどん増えていきま

すな。勿論島全体の人口は下降気味ですがね。生まれる子供数が停滞、減少が大きな原因ですね。
Uターン

現象だとか、地元志向だとかマスコミが報道する程には、若い世代の地元志向は強くないとおもいますよ。

 国家百年の計、それを立てて国民を説得するだけの太っ腹政治家が出るか出ないかがすべてを決めま

すなあー。政治屋は掃いて捨てるほどいるが、政治家を育てるには国民の忍耐力が必須ですね。戦後

 国家が
GNPを問題にし始めてからは、全ての分
野で僅か0.5%の増加でも鬼ん首でん打ち取ったような

報道をしてきますな。それが引き金となって更に0.1%の増加が導き出されるんだろうが、社会現象の扱

い方で、最近は全てを等価値にしていますなあ。

中枢となる部分が健全に機能しちょる間はそれでいいんだろうが、一部に腐敗、麻痺が発生すれば、取り

返しのつかない方向に発展するでしょうなあ。いや、いやこれは、相島さんを前にして独りよがりを展開し

てしまいました。」「いえ、いえ、とんでもないですよ。僕はまだ駆け出しにもなっていないんですから。

北山漁業組合長は、もともとこの島の出身だったのですか。」「相島さん、これは失礼致しました。肝心な

話からそれてしまいました。彼は漁民にとっては、カリスマ的な存在でしたから、飽くまでも謎に包まれた

ままだというのが、どことなくロマン漂います。」

常識として、まったく無縁の土地に、いかに敗戦だとて、ひょっこり来ることまずない。

「そん女性は相当以前からこの世の人ではないんですが、彼の本妻に当たる女性は、こん島の古くからの家

系に繋がる女性
でしたよ。美女と野獣とまでは行かんでも、上品な教養のある女性だったですな。残念な事

に子宮がんで早くに他界されました。先ほどの続きですがね、例の企業では、ほとんどの大企業がそれに近

い発想だったんでしょうが、昭和二十年代の終わりごろは漁民を人間扱いしない考えを持っていたわけで、

何の前触れも無く、いきなり廃液を多量に流がしたんだが、
それに対する良心の呵責なんどは一かけらも無

かったんですよ。
人間扱いしちょらん集団の頭だから、北山組合長の過去の噂と相俟って、全く理性のかけ

らもない存在の殴り込みと受け取ったようですな。」

 大企業のほとんどが、今から三十年前は漁民の人格無視というのは、どうも益本喜輔の独断のような気が

したのだが、企業の中には、地域住民を無視した公害の垂れ流しを平然と
して来て、今尚その賠償問題が法

廷で係争中のものもあるのだから、当たらずとも遠からずの面があったに違いないと伸は、一つの問題点を

見つけた。入社して、嗜み始めたハイライトを一本取り出して、練炭火鉢を灰皿代わりに使わせてもらうこ

とにした。喜輔が茶菓子を頬ばっ
て口をもごもごさせているところに、玄関が勢いよく開く音がして、俄か

に花が一輪咲いたような、黄色い声が応接間まで届いた。孫娘の加寿代ですよと言って、喜輔はいそいそと

座を立った。伸一はしばらく一人になったところで、報道関係が大きく扱ってきた、水俣病、カネミ油症、

森永ヒ素中毒、新しいところで、宮崎県の土呂久の亜ヒ酸中毒のように、直接人体に影響しないまでも、住

民の意識や生活に、大きく関係してきた環境汚染問題の一面として、クローズアップ出来そうな見通しがつ

いてきた。台所の方で一頻り賑やかな笑い声がしていたが、間もなく、新しい湯茶と茶菓子を持って、先ほ

ど勢いよく玄関を開けた孫娘と思える女性が入って来た。襖を、両膝をついて腰を下ろして静かに開け、此

方の座敷に一旦入ると今度は、しゃがんで横向きになって前よりも一層静かに襖を閉めて、しずしずと伸一

の前に盆を置いた。

 この作法は益本家の仕来りのようであった。今年に入って東京辺りで流行しているヘアースタイルがよく

似合っている。さらりと後ろに流した黒髪をひよいとリボン風の物で結わえている。やや面長に鼻筋が通っ

て色白である。一重瞼であるが、全体に黒目勝ちで、すっきりしている。背丈は平均的で百五十六、七セン

チというところかなと伸一は無意識の内に本能的に値踏みをしていた。
N紙の相島伸一ですと自己紹介して

おいて、未熟なため、当家の御主人に大変迷惑掛けることを詫びた。「やあ、お待たせしました。度々中断

して申し訳ないですね。次いでだから、加寿代、お前も相島さんと一緒に話を聞きなさい。相島さん、私と

家内ん間には娘ばっかり三人産れましてね。今時婿養子には来てもおらんだろうというんで、三人ともさっ

さと恋愛して本土の方に嫁ってしまいましてな。この娘はその長女の長女ですよ。」「
田頭加寿代です。短

大の二年生で、丁度前期の試験が無事終わったものですから、二三日、おじいちゃん達の見舞いに来たんで

す。第二目的も兼ねていますけど。」なかなかハキハキした活発な女性で、ちょっとドギマギと面食らった

が好感が湧いた。不器用に「よろしく」と言って又ハイライトを摘み出した。益本はその様子を見てにやに

やしていたが、「加寿代は、確か福祉学科だったね。今まで、こん島一帯に発生した海の汚染の
話をしちょ

ったんだよ。加寿代がしばらくこん島の小学校に通うちょった頃は、海水がもっと汚れちょったのを覚えて

いるだろう。」「おじいちゃん、それはひどかったわね。水深はたいして無いのに海底まで透けては見えな

かったし、第一、岸壁で魚を釣る人を見かけ無かったしねえ。泳ぎたくても遊泳禁止だったし。」彼女が念

押しをした。伸一は、加寿代女史の大胆ビキニ姿や
Tバックノーブラ姿からヘアーヌードへ移る様子が妄想

で急に浮かんで
これはとんだ不謹慎だと心中で詫びた。「それで、益本さん、北山組合長は単身で殴り込

みをかけたんですか。」「妾宅からひとまずこん島に戻ってきて、実状をよく調査した上で、駆け引きの対

策を立てなさいと。二号さんが拝むようにして説得したんですわ。組合長はこん女性の言いなりになるとこ

ろがあったから、漁民達が右往左往しているところへもどって来たんですなあ。人間は不思議なもんでして

ね。他人が途方に暮れている時には、不思議と冷静になる面があるもんで、
漁民達の表情を見た途端に、北

山組合長に落ち着きと理性とが蘇ったんですわ。経済振興は国家の悲願であったし、
発展途上の企業は眼の

色を変えていて、向かう所敵無しの鼻息でしたな。ちっとやそっとの直談ぐらいで、耳を傾けるような相手

ではないんだと言うんで、北山組合長は、対策本部を立ち上げる事にしたんですわ。そん当時は、この島の

利益を市政に反映する代表者をたまたま市議会に送り込んでおらんかったんですよ。どうしても漁業組合長

が代弁者にならんわけにはいかんかったんです。先の市議選で惜しくも次点に留まった、前の市議で土建会

社社長、川村源治さん、もちろん彼はこん島の出身です。その川村さんと彼が後押ししている県議の嶋中大

輔さん、まあ、こういった人達にも、早々に実状を知ってもらうことが先決だと考えたんですな。結局、県

議一人、市議三人、それに地元の漁業関係者の重鎮五人と、北山元海賊兼漁業組合長を含めて計十人の対策

本部を起動させる運びとなりましたな。」「繊維会社の方では、人を切った血生臭い蛮刀を引っ提げて、組

合長が猛り狂って殴り込こまんで、さぞほっとしたことでしょうね。」

「ハッタリだけの男じゃないのかと、少々株が落ちかけたのはいなめませんでしたな。そこで、加寿代女史が

初めて口を挟んだ。「おじちゃん、あれよ、私がここの小学校にいた時に、同じクラスに北山という苗字の

利発な女性がいたわ。東の漁村から通学していて、私とはなんとなく気が合う人だったの。今はどうしてい

るかしら。家が分かるから行ってみようかしら。恐らく、元海賊の直系よ。」「そう言えば、加寿代は高校

時代に新聞部にいなかったかなあ。」 「おじいちゃん、中学の時は、壁新聞コンクールでクラスが校内優

勝したわ。」これを聞いて伸一は、一瞬アシスタントの役をと依存心が顔を出した。厚かましくもビキニも

浮かびかけた。「コンクール優勝の切り札は、私が考えたアンケート調査とその分析だったんよ。」「ふー

む、相島
さん、驚きました。これは偶然とは言わないで、運命という代物ですなあー。加寿代は何時短大へ

帰るんかね。相島さん、一日か丸二日、二人で分担したり、一緒だったり、取材してみてはどうでしょうか

ね。役に立つかもしれませんよ。
」「伸一さん、短大では、卒業課題を[福祉意識調査から見えるもの]とし

ていますのよ。」

「凄いですね。僅か二日でも、加寿代さんの邪魔になるといけないな。」

 「相島さん、ここで故老は消え去って、ざっくばらんに、あなたの見通しを聞かせてもらって、仲良く協

働して具体的な行動を計画し、手順よく足で稼ぐしかないですね。昼餉は民宿ではないんでしょう。」「え

え、漁村にうどん屋さんか軽食堂はありませんか。」「お饂飩が好物なら、東の渡船で渡って直ぐ近くに、


仲田屋
という味付けの上品なお店がありますわよ。後で私がご案内しますわ。早速貴方のお見通しをお聞か

せ下さらないこと。」

伸一は、先ほどから頻繁に浮かぶ淫らな妄想を払い除けて、加寿代が湯茶を持って現れる直前に頭で練って

いた大筋をまず披露した。加寿代は、その黒髪の芳しい香りを発散させながら、懸命にメモした。見ている

とメモのレイアウトが、なかなかのものだ。頭の良さが出ている。彼女の考えを求めると、文章化して筆記

しながら軽やかな声で滑らかに伝えてくれる。第一級の女性記者になれるなと感じた。又しても、甘美な妄

想が顔を出す。自分はこんなに飢えていたのかなあと落ち込んでしまいそうだ。

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 七 章






*取材申し入れとアポを取る手続き。大手には出向いて顔見世をして日程を決める(対岸の東の渡船場

口まで)定期バスが来る。対象;繊維会社;発酵会社 “行政の色眼鏡は排除”

・取材で足を運ぶ場所を決定

   ご漁業組合事務所:情報開示可能なものをできる限り多種、多岐に:漁獲高の変遷:現段階の保 
 障の継続の有無 漁師さん達の収入と生活感覚や意識

  :企業と対策委員会の協議の議事録等、開示可能な内容の存在の有無確認

   :今後の漁業の見通しの保証を、過去の海水汚染の因果関係の視点で;その他

  ②加寿代の旧友の家の存在確認、訪問、故北山組合長との関連、人柄等伝わっている伝説の確認:

 組合長が意図していた理想の漁業の在り方 ― 海洋汚染との関連で,彼が抱いてい理念、義務感

のようなこと⇒彼を直接知る人物からの聞き取り・可能か?

 それが実現すれば伸一の目的はほぼ9割達成出来る。

   三田尻湾に関係する二つの企業  ・協和発酵KK   ・鐘紡KK

 ④漁業以外の職種の島民の環境意識、行政、企業等へ要望等

  *本土との狭い海溝の東西による汚染度違い 実証済行政の感覚のずさんさ

   釣り上げたメダカカレイを海溝内の二箇所に、生け簀に入れて一夜明かした時、

       翌朝一方は必ず浮いており、他方は必ず元気に遊泳している。

県環境保全課の回答は、一方は赤潮発生が原因だろうと躊躇いも無く平然と回答する。これが倒幕を

推進し
近代日本を築いたと自負する行政の発想である。残るのは、行政に対する市民の絶望感のみで

ある。この生け簀の件を直接体験している漁師達の今なお続く海水汚染の証言である。
  あ、お昼

にしましょうねと、伸一と加寿代が肩を並べるようにして益本家の庭へ出て見上げると、
日輪が秋の

天心に向かって、まるで二人の気持ちの寄り沿いであるかのように、かなり歩み寄っている。幸い今

日は、鶴瓶落しのその瞬間まで、夕映えに何か期待できそうだと、伸一には大いに胸膨らむところが

あったが、、、漁村の中の幹線も昼時で人影は殆ど無い。よそ者だから人目についても支障は無いが

、加寿代が昔の同級生に遭遇すれば、釈明に時を奪われる。時折手握り合って確かめ合いながら、甘

美な妄想に浸っている内に、幸い誰にも遭遇せずに「
仲田屋」に着いた。饂飩定食を注文し、箸を付

けると、女将さんが屋号の謂れを説いた。瀬戸内の海運業への顕著な貢献で、
藩から苗字帯刀を許さ

れていたというのである。彼女は対岸の島の名家の生まれだそうだ。「戦前、
本土の男爵家で色々修

行を積んだ」
と言う。それが自慢の様だし、饂飩の出し汁の上品さは男爵亭の成果なのだろう。対

岸の
漁業組合長北山さんを話題したら、噂通りの内容が返ってきた。元海賊は定着しているらしい。

繊維会社の港汚染も憤慨の極みを思出したようであった。それに関して
北山会長の度胸を褒めた。生

憎留守であったが、彼女の連れ合いは、市議の経験者であるという。国政に関心の高い人物なのだそ

うだ。市の主導で、県道補助として、いずれ
対岸から島まで橋を架けることが、市議会と県議会を通

過していると教えられ、伸一と加寿代のカップルは、今後に自信が湧いて、
仲田屋を後にした。

 昼餉時も過ぎようとしているので、こちらの渡船場から、それぞれ単独で益本家に引き返す事にした。別

れ際に、やっと歩ける程の家屋と家屋の隙間でしっかり抱き合い口づけしたままで、軽く、相手の秘部に直

接手で触れ合って、セクシーな愛撫をして時差スタートした。対岸から島を見上げれば、
不動の威容感は、

伝説さながらに
蓬莱山:霊山の愛称に相応しい端麗さだと伸一はほれぼれと眺め入った。

 明日にも一斉に、棚田の稲刈りが始まる気配の、秋闌の島の済澄み切った大気の中を、西に向かって歩な

がら、加寿代に関して、益本連合会長の呪いに掛けら
れたような気がしてきた。悪い気はしない。ひたすら

甘美である。仕掛けられたのなら、彼女が二十歳だから、永久に続いてもいいという気になってきた。会長

殿が言ったように、
天命かもしれないと、忙しい現実から離れそうだ。伸一は学生時代にガールフレンド、

やセックス相手も存在しなかった、言わば
[心身共に若葉のマーク]である。何であれ、自分が仕事に天職

として使命感を持つ限り、いかなる相手でも尻に敷かれることは無いがと、強がった信念である。


 一足遅れて益本家に辿り着くと、老連合会長殿が心配そうに待っていてくれた。道に迷ったかのそれでは

なく、
仕掛けた呪いが早くも解けたのかの表情が見て取れる心根の優しい古老のようだ。

 デスクは島への取材を命じたからには、交通事情等から、短期間で事が運ぶとは踏んではいないだろう。

申し訳ないが、加寿代さんには、後期の講義等が始まる前は、土日以外も島に里帰りしてもらう必要があり

そうだ。困った事だ。企業等への取材は日曜には実行出来ない。アンケート用紙の配布、回収は曜日に関係

なく実施出来
る。印刷は本土の印刷所への依頼しかないのかな。小学校の事務室でガリ版を借りて、鉄筆で

原紙を切って印刷させて貰う。これは
古老殿が昔取った杵柄ではないだらうか。消耗品は多めに実物を返

する。それは可能だが。古老殿に
孫娘と伸一に呪いを掛けたからには現職校長に一働きして貰う。

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 八  章


 

 散財だが。今宵は例の民宿で加寿代さんも加えて、地物を肴に、四人で一杯やりたいものだ。民宿の主人は

液の直接の被害
者であり、また対策委員の一人でもあったから、その証言は生生しいであろう。元海賊の人

も率直に伝えてくれるだろう、将に
一石二鳥のはずであるが。伸一はすかさず、この考えを古老殿に伝えた

。案ずるよりも産むが易し、二件とも二つ返事で承諾を得た。電話を借りて、民宿にその旨を伝えると喜んでお

待ちしておりますと、ずん胴奥方の御の字返事であった。漁村の酒店に電話で日本酒、ビール等を適当に注文し

た。目にも止まらぬ早業であった。さながら小次郎の燕返しである。遠くの山腹で鳴く野鳥の声が、秋風に乗

って微かに舞い降りて来る。この島は野鳥の保護
が徹底しているようである。

 万事うまくことを願うのみである。一眠りすることにした。 何故か、尻開きTバックの女神が淫らな姿態で浮

かんできた、、、
やがて眠りら覚め正気に戻り、加寿代さんと二人で、それぞれの報告をした。伸一の今夜の提

案は、彼女も心よく受け入れてくれた。速達に日数がかかると愚痴を零した。無理もない、本人の提案だから。

肝心な同級生は、都立高校を卒業して、その才を評価され、大手の出版社に例外的に高卒資格で入社し、若手女

性記者兼編集者として手腕を振るっているということである。更に作家を目指し、創作活動も続けているそうだ

山太一郎組合長の直系の孫であることに間違いはないが、島に残っているのは、二人が望む情報はまるで

持たないと判明した。

 加寿代さんが告げた;出来れば伸一のNに入り、福祉、学芸分野の担当記者として活動したい。自分も物書

きになりたいと言う。北山海賊の子孫への、強烈なライバル意識の芽生えである。伸一は覚悟を決めて激励して

やった。才は十分あると保証した。自惚れは最大の敵として、謙虚に根差した自信を持つことだと月並みに助言
した。

 加寿代さんの眼がらんらんと輝いた。仮に、願望達成の手段が、伸一とのポルノ的技巧を駆使しての性愛だと

しても
、伸一は彼女に惚れ込んでしまった。呪いに縛られ続けるのだろう。「男として幸せにしてやるから

ね」と甘く囁いた。彼女の瞳が潤んだ。二人は生まれて初めて嬉しかった。女性相手の射精も、女性のエクスタ

シーも始めての体験であった。「
原点であり終着駅だとして大事にしたい」と思った。やはり若葉である。 

宿に戻る前に、二人で明日の行動手順を入念に立てた。もはや時間の無駄は許されない。
 加寿代がアンケート

調査の質問項目を練る。明日の朝早く清書して古老にガリ版切りを依頼する。伸一は、繊維会社と発酵会社に一

番のバスで出向いて聞き取り調査のアポを取る。 早めに民宿に帰り、主人に迷惑を掛けるけれどもと頼んで今

夜の宴会を伝えた。既に妻から聞いている主人が、今日は愛想がよい。まるで、別人のようだ。彼が言うには、

今日の漁で、旬がずれちょるがアナゴもれ、瀬戸内の秋の小魚が予想外に網に繋ったそうだ。珍しくオリーブハ

マチ、クロダイ、ヒラメ、サヨリ
イイダコ、カレイ、サバ等と、そのせいだろう。機嫌がよい。チヌ飯を炊き、

アナゴの付焼き、後は刺身等にするそうだ。

古老殿は年金だし、好き者ん女史は居候だし、伸一が一手に引き受けるしかない。民宿を引き払う時ではな

く、その都度が主も心強いだろう。昨日と同じように夕映え時が近づいて来る。新聞掲載用のショットが要る。

明朝も島の東端から繊維会社に向けたもの、その逆構図等もシャッターチャンスを探るのがよいだろう。
愛用の

一眼レフを提げて、中腹というよりも麓に近い浄土真宗西本願寺派の山寺の下の東西に長く伸びる棚田に向かっ

た。そこから西方にレンズを向ける。運よく夕雲が架かってこなかった。黄みの下地に紅を濃く塗った大きな


日輪
が、波の立たない狭い海溝の海面にくっきりと反映しながら、沈んで行く姿はうっとりして、シャッターを

押す瞬間を思わず逃し兼ねない。見応えがある。最愛の女性に永遠の愛を囁きながら、この夕景色を眺めれば、

男冥利に尽きると思うと、好きん加寿代女史の笑顔が浮かんだ。ホクホク顔で益本家に寄り、民宿でお待ちして

いますと伝えた。

民宿の二階の窓からの眺めも今夕は乙なはずである。二、三枚行けるだろう。日柄を見れば、偶然にも
[大安]

ある。明日が仏滅でなくて良かったと思わず縁起を担いでしまった。

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 九    章

予定の時刻に、民宿の応接間に三人揃った。酒類も酒屋さんから届いてすぐ支払った。主と奥方がいそいそと

テーブルに配膳する。これまでに嗅いだ経験の無い、芳しい匂いが漂ってくる。今日の瀬戸内の成果から
だろ

うが、あらまし整ったところで、四の縁起を主催者伸一が担ぎ、裏方の奥方も招待し、敬意を表して古老に乾杯

の音頭を依頼した。


 まず、骨を折って貰ったご苦労を労い、大漁に近かった様子を、尾鰭を付けて主殿に語ってもらうと、座が和

んできた。生き造りの盛り合わせが注目を引いて次々箸が出る。好き者ん女史はと見ると、グラスもテンポの速

いこと。伸一は呑み助だが、たじたじ気味である。古老連合会長は、さすがに貫録の酒杯である風格が伴ってい

る。伸一は会長に頃合いをみて軽くサインを送り、昔の海水汚染と北山組合長を話題にした。主殿は漁師の年期

の貫録で、アルコールもコントロールが効き、
昨夜同様に安定している。好き者ん女史に会長が、飲み過ぎんな

よと釘を刺した。見れば真っ赤に火照っているが酔ってはいないらしい。如何に好き者んとはいえ、まさか隅々

まで火照ってはいないだろう。


「会長はお留守じゃったけんど、あん突然の汚染にやあー、島・問ん屋口中が魂消てしもうてのんた。そりゃあ

ー、大騒動になりましたあーのおー。さっさと忘れしまえ、ちゅーて命令されてん、
『君ん名は』ですいのん

た。」伸一は不覚にも教養不足で「君の名は」のキャッチフレーズを知らなかった。アルコールの勢いで、知ら

ぬは末代の恥として、ありていに質問した。古老達が腹を抱えて笑い
感嘆して解説してくれた。漁師ばかりで

はなく、大勢が持って行き場んない憤りを感じてうろうろしちょる時ん、北山組合長が頼もしゅう映りましたな

あ。さすがあー、元海賊さんと漁民の期待あは大かったですいねえ。漁獲量が減る分の補償を貰わんといけん、

ちゅうのは誰しん直ぐ考んがえー付いたこでしたからねえー。


 県内あーの漁連が戦後間もなく、県内あーの漁港の捕獲高あー、念いりん調査しちょりましたからのー、直

の減少からすぐん導き出されますいのんた。問題あー、如何ん垂れ流しん主犯から勝ち取るかちゅうことでした

あーのう。北山組合長が立ち上げられた対策員会のメンバーにゃあー、私も属くしておりましてのんた。あちゃ

こちゃ、あれこれ奔走したあーですいのう。詳しんことあー、島ん漁業組合が保管しちょるはずですのう。求め

んらるれば見せるはずですがのう。私も口添えしましょう。


 其れより、何んより驚いたんは、北山組合長そん人んことですいのう。」一堂シンーとした主殿は昔を思

い出して酔いが回り始めたのか、方言も怪しくなっているようだ。一息ついてビールで喉を潤した。好き者ん女

史もやや緊張気味だ。折よく奥方が
アナゴの照り焼きを持参され、又それに一花話題が集中して、主殿は鼻が

高い風である。伸一もこんなのは初めて味わった。まさに絶品である。今回の取材は
、色気食い気初めて尽

くしの観が大である。少々古臭いが、好事魔多しで気を引き締める必要があると密かに自戒した。    

「要は、大企業ん居並ぶお偉方達と、漁民代表北山元海賊殿とん直談判でした。理路整然、論旨明解、立

板ん水ん流れる如し
とは、将ん、あん時ん北山理論でしたなあ。詳細は忘却しましたが、企業側はあ意表を突

かれましたなあー。予想だんしない
原点論を展開されて度肝を抜かれ、対応に右往左往、一言も反論できんで

すいのー。茫然自失です。どこん大閥と言われる程んインテリ集団んつもりが、全く形無しでしたなあー。

 
 企業とは;そん社会的存在意義とは;生産工程ん廃液ん処理は、誰ん責任か;化学的処理ん研究は、誰もせん

のか;地球環境とは;人類の存続と地球環境とは;
等々枚挙にゃあ暇ありませんが
、北山組合長殿が質問発し

、企業側がシドロモドロン回答する。そこんまでは 小学生でん質問しますが。一つ一つん回答ん対して丁寧に

本質論と文字通りん、精緻な三段論法を駆使して、快刀乱麻を断つが如く、相手ん側ん回答を切り刻まれ

たんでございまいすいのう。そん度ん漁民側から大きな拍手が沸き起こったんですよ。


わしなんざあーまるで学が無あーから、ただうっとりと痺れていましたなあー。漁民側の市議、県議の方々も座

っておられるだけでよかった。具体的な補償や、行政サイドん対応、今後ん行政指導等は、それぞれが弁護士を

擁立して、交渉・協議内容を具体的ん継続することで落着したんですわなあー。漁民は全家庭打っ
て一丸とな

り、大規模な署名運動を越し、市政、県政、国政まで相手に戦うと気勢を挙げました。漁村出身んインテリさん

もおり、プロ球団入団者もおり団結が鮮やかで見事でしたなあー。北山組合長が、彼ん人生んどの時点で、あれ

程ん思考力、論理性と柔軟性を会得されたんか、元海賊は真実なんか、謎に包まれたまんまで、一大
ロマンでし

たなあー。
副産物があって、あん大学あー全くだめ、一流は、司法、キャリアー、学者になっているとしても、

余りにもお粗末すぎる。こん企業はいずれ潰れるぞという冷徹なもんでしたよ。問題は、今現在のこの湾を中心

とした海洋汚染の現実と、それに対する行政の具体的な対応、企業自身の対策と自浄努力、住民の環境保全への

意識の喚起、高揚でしょうなあー。住民の無関心が全ての敵ですね。」


そこで主殿の回顧談は無事収まった。代表して伸一は、真心込めてお礼を述べ、新聞記者としての今後の決意を

表明した。以外にも、好き者ん女史から大きな拍手がきて、主殿が意外そうにびっくりされ、仕掛け人殿はニヤ

リとされ、
北山組合長は宇宙人かなとも、話題が集中したところ で、折よくよくクロダイ飯の登場となった。

 加寿代さんは、直系のライバルに益々闘志を燃やした風である。主殿のクロダイ飯の蘊蓄を聞きながら、

今宵はぐいぐい飲んでバタンキュウで熟睡するか、それとも半端にして明朝を爽やかに充実するか、伸一は大い

に悩むこととなった。

 <前編終わり>
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               海 賊 気 ど リ


                                   高 沢 圭 史Hokuto 77
 

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    後        編  
[註]
 主人公の属す神戸N紙;その機構関連、登場人物その他 全て虚構である



    梗       概

 ヒロイン加寿代の援助、むしろ内助の功で無事に取材記事をデスクに提出した伸一は、その編集会議に参加しながら、彼女の家庭のごたごたや、本人の進路未定等を知るところとなり、どことなく落ち着かないが、取材内容の読者評価に不安と期待を交錯させながら、加寿代女史の進路未定に責任の一端を感じて、デスクにその進路相談を依頼する。
 
 デスク主催のささやかな酒宴の中で
ヒロインを紹介し、その進路の大綱も決まって記事の評判も悪くないようで順風の出だしであったが、満帆になるには、人格者と思えるデスクに女癖の負の一面があった。ヒーロー、ヒロインの相思相愛は完全に解除の危機に晒される。





章 目 次



         
         





         章




エンジンや、忙し気な鳥の囀りで、目覚めて見れば、昨日と同じように二階で布団の中にいた。自力でそうしたのか、他力かまるで判然としない。益本一家が何時お休みなさいを言ったのかも皆目記憶に無い。

慌てて洗顔身支度をして昨夜のクロダイ飯の残りを所望してかき込み、一眼レンフを提げて島の東端に急行して、話題の企業側に向けて一帯の海面をカメラに収めた。幸い朝日が海面をしっかり照らしてくれていた。

間髪入れず渡船場から本土に渡り、定期バスの時刻を睨んだ。1時間の待ち時間がある。切符売り場の小さな商店で尋ねると、お若いんだから百間土手を歩いて橋を渡れば間もなく問題の企業だとのことであった。

百間土手は既に一度歩いて島へ戻って来たが、百間とは2メートルの100倍で凡そ2キロだったんだなと確認して、案ずるより歩き始めた。[仲田屋]を出てきた面長の片頬のやや凹んだ御老体を元市議だと値踏みして通り過ぎ、秋の朝の外洋からの波が途絶えることなく、島の東端と対岸の半島もどき西端の間を勢いよく抜けて、打ち寄せる土手沿いに、ひたすら直進した。僅か二キロの一直線でも結構距離感はある。通学自転車や原付自転車が元気よく伸一を追い抜いて進む。時折潮風が頬に当たる。酔い覚ましには丁度よい。

港の奥に、掘割になっているかなり幅のある切込み沿いに進み、商店で繊維企業と発酵企業の所在、方角を訪ねた。外洋への渡船場に向い、強そうな~大閥の門を叩いた。担当課に申し出て、来訪の趣旨を伝え、過去の汚染事実の確認と補償状況、その後の環境保全対策、特に自浄努力等に関して適当な日程を設定させて頂き、それに応じた取材をさせて頂きたいと申し込んだ。妙に警戒されて誇張や事実隠蔽があると不味いので、社のキャンペーンではなく、個人の発案に過ぎないのだと詳しく説明しておいた。別の島に渡った記者は、そこで別の課題に取り組んでいるであろう。云々。思ったよりオープンで如何にも~大ボーイらしく洗練されていて交感はもてた。なお、追加事項が生じた場合、具体的な取材項目に関して要点を電話で早目に連絡すると伝えた。機嫌のいいところで、発酵会社にも行くと伝えた早々に引き上げた。 

更にしばらく歩いて、案内された通り、発酵会社の正門を潜った。繊維の方が岸壁のすぐ側で、一歩踏み外せば海に転落であるが、発酵会社はかなり離れている。海岸まで2キロは十分にある。一帯のどのコースで汚染が発生したのか素人にはまるで判然としない。伸一のように理系音痴には完全にギブアップだ。落ち着いて見上げて海までの全体をよく観察すると、太い銀色のパイプが海洋に向って威勢よく、誰はばかることなく堂々と引いてあるではないか。ガスと液体に分けて精巧に構成されているようだ。パイプの終点には企業の処理用の施設が設置してあるようだ。

 先ほどと同じ手順で来訪の趣旨を伝え、過去の三田尻湾汚染の事実と漁民の補償問題の解決等、その後の汚染防止の企業努力と今後の環境保護への自浄努力等、社としての環境問題への基本的なスタンス等々に関する取材の日程の了承と決定等を話し合った。社風は全く異なるようだ。一旦まとまったところで前社と同様に、個人の判断による取材の狙いであることと、その後の新規取材内容の発生の場合の電話連絡の旨を伝えて引き上げた

漁民に与えた物質的、精神的ダメージの点では、こちらは前者よりも低いようである。二社の取材日程は日が異なるが、そのほうが落ち着いて出来る。日程打ち合わせが、思いがけずスムーズに流れた、どこかで気兼ねなく早目の昼食を摂り、乗り合いバスで渡船場まで引き返し、ゆっくり島内の自転車店を探すことにした。レンタルはないかどうかである。その後、昨夜の散財を支払い、民宿の主殿に魚市場にコンタクトを依頼し、漁業組合が保管している記録文書を開示してもらう。今日が無理ならば明日競朝競り市が終わり次第と申し込む。参考になる資料を抜き書きする。

デスクからの中間報告の助言を待って原稿の下書き用の資料を整理する。そして直ちにNに帰る準備をする。その間、アンケート配布回収は益本御老体と好き者ん女史に一任。あらかたこう考えて、発酵社の正門近くの簡易食堂で、卵饂飩と稲荷寿司を食した。卵に飢えていた感じだ。加 寿代好き者さんに吸い取られたからだろう。食堂の話では、バスを待つより会社の横の細い道に沿って南に直進し、幹線を西に向かって進み、幅の広い通称「立て登り」を真っ直ぐ海へ向かう方が良いと教えてくれた。又も歩くことになったが倹約でもある。

 百間土手が決壊すれば、確かにここは海面下だとハッキリ頷ける。低地である。開作地は鮮明で一帯は「新田」と呼ばれている。本格的な変電所もあり、広大な水田地帯となっている。他に当面行き場も無いし、加寿代好き者んと連絡するため急いだ。渡船の船頭さんが自転車店はあると教えてくれた。横幅の広い箱舟だから自転も運べるわけだ。稲荷神社への鳥居の見える場所、島内の唯一の、愛称手遅れ医院から目と鼻の先に自転車店はあった。伸一が状況を説明したら、例外で信用貸しをすると請け合ってくれ、早速乗り心地を調整してもらいボルトをしっかり閉めて、チエーンや要所に油を流して貸してくれた。代金は日単位で前払いとなった。早目に片付いたら返金するという。良心的だ。早速民宿に戻り、予定通りに昨夜の支払い等を済ませて主殿が留守だったので、奥方に明日の競り市と資料開示の件を頼むように願いをしておいて、益本亭へ向かった。

安全のため自転車は細い道を押して登り、益本亭まで持参した。奥方によると古老と好き者ん孫娘は、小学校でアンケート用紙を刷り終えて、大票田の漁村に出向いたという。手渡してその場で回答回収の方法を取っているらしい。この時刻の在宅は、多くが老人クラブの会員だろうから好都合であろう。農家、勤め人地域は夕刻に回し、翌日回収する予定だと話していたらしい。

 本土で早目の昼餉を取ってきましたと話すと、奥方が気を利かし、好き者ん孫娘が寝起きしている部屋の隣で、二人が返ってくるまで一休みするように案内してくれた。茶を一服たててくれたが、さすがに応接間は避けた。リラックスのため全裸になった。部屋には午睡用の薄い布団が敷いてある。午前の往復肉体労働と慣れない心労で、悔しいことに伸一は疲労困憊した。貴重品を枕元において、恥ずかしながらバタンキュウであった。眠りの中で微かにザワツキの気配を感じる気もしたが朦朧として眠り続けた。

 今日もまた、秋晴れで、伸一の熟睡中、
日輪は天心から島を優然と見下ろしていた。自転車に気をとられて見逃したが、彼の予測どおり、棚田では一斉に稲刈りが作動して活気に溢れている。棚田の稲を刈り取った後の、田圃の黒土の匂いは、五穀豊穣の神からの、勤勉な農民への何物にも代えがたい贈り物である。

加寿代女史が揺り起こし、彼女専用の部屋で午前の成果の確認に入った。簡素なテーブルが役に立つ。伸一の取材の三箇所の日程の確認: 加寿代が伴奏するのは無理であり、相手方も怪訝に思うだろう。写真班なら名刺を持っているはずであるからだ。平日だから短大に出るべきで、バス通が可能である。明日の競り市後の取材は、小学校同級生の眼が光っていおり、これも禁物である。心の中で加寿代女史に閃いてくれよと、念を押した。彼女にはアンケートの処理分析、農家配布の方が肝心である。集約したアンケートの処理に入ることにした。古老は稲刈りに顔を出し、話題が尽きぬようだ。若返りになるだろう。アンケートの集約結果から浮き彫りにされる項目内容が重要である。

農民、一般と漁民の間に意識の差があるかないかも関心が湧く。分析の視点と深みがキーを握る。お茶を加寿代が入れ替えた。奥方は昼寝かな。其れとも稲刈りの手伝いか。その時である。玄関がピンポンとして親展速達ですと大声で言う。奥方の在宅の気配はない。伸一が上着を身に付けただけの下半身ヌードの前を手で隠して出た。配達が意味ありげにニヤリとしたが下衆の勘繰りで無視。急いで封を切った。デスクからである。予想外に早かった。「ワクワクだね。」「うん」と言う。

親展の要点は、速達の趣旨はよく理解出来た。大切なことは、途中経過で取捨選択しない。最後まで全てを集約して漏れなく出そろったところで、全体を考えて吟味検討して原点に照らし合わせ、編集に入ればよい。それはこちらに帰って落ち着いて始める。とにかく取材、アンケート等を抜かりなくしっかり整理して零れを出さないこと。頑張れ、検討を祈る。

 老婆心:上も下も若葉だから、好き者美女にはくれぐれも要注意 

加寿代さんが、笑い転げて伸一に抱き着いてきた。彼女は、本能的に、このデスクは部下思いで、個性、資質を大事にしてくれると感じた。今回のアンケートと、短大のそれを全力で取り組み、それらを武器にしてNに売り込んで、伸一さんとオシドリ記者として全国に売り出そうと目論んだ。まず手始めに今回のアンケートから実行と決め、眼の色が変わってきた。感性も磨かなくてはとも思った。

テーブル上に集約したアンケート用紙を並べて二人で読み合わせ、集約に取り掛かった。

奥方、古老連合会長がいきなり部屋に入り込む可能性もあり、その時はそれまでとした。

集計中に気付いたことだが、島民の関心が高いようで、少なくとも無回答は一枚も無かったし、選択に迷い
「わからない」も一項目もなかった。古老連合会長の文字はさすがに鮮明で読みやすい。中間集計結果の特徴は以下のようだ。

   ・男女、年齢で項目によって顕著な差が目立つ。お陰で分析が助かる。体験と未体験の差異、兼ねてか らの環境問題への意識の強弱の差。

   *幾つかに渡って、全体に共通した意識が鮮明に浮彫された。

これらはクローズアップして、広い分野にアピールしなければならない。

   ・行政、権力(企業等)が地球環境保全に取り組む姿勢への不信感 

    ⁂環境保護、人間尊重への使命感、責任感、あるいはそれに向けての努力の欠如に対する根強い嫌悪感がクッキリとしている。

    [海洋汚染を発生させた時点], 元海賊経験を自称する漁業組合長の環境、地球、人間存続等に関する本質論の切込みに、大企業のエリート集団がシドロモドロに回答して自滅し、利潤追求だけの集団であることを暴露した実態の報道

[実現可能な対応]

国を挙げて、「生涯学習時代」と大上段に振り被っている時に、成人の眠っている、閉ざされている部分の啓発を、実効可能な過程で展開する。・各種実践活動報告会 ・日常生活に存する問題点への意識覚醒、卑近な実態の認知等々の発表の場 ・照れ臭さ、気恥ずかしさ、きまり悪さの打破、 ⇒[ざっくばらん] に出し合える雰囲気の醸成:これらはすべて地味で根気強い積み上げ以外には果実は実らない。その牽引を何処、何にから起動させるかは、自治体への責任を負っている行政の重大な任務である。行政を動かすの市民の力である。

<以下省略>

[当面の行動予定]

(あ)伸一が、最初に佇んだ島の西端の棚田と本土側の小ぢんまリした集落へのアンケートは、明日の午後自転車で伸一が単独出向く

(い)今日の残りは、明日加寿代女史と古老に任す

 伸一はまだ彼女と此処で過ごしたいが、日のある内に西の集落に自転車で行くことにした。

 念のため一眼レフを持参した。昔処刑に使った刀の洗い場と邪推される洗い川で降りて眺めて見た。少なくとも野菜、洗濯物に日常使われたことは間違いない。夕日を受けた山腹から頂上にかけて色づいて照り映えている落葉もある。針葉はところどころに僅かずつ集団を形成している。一つの景である。レフに慎重に収めた。丑三つ時は仮装したメギツネが跋扈したという言い伝えも残る、雑木林の急斜面が迫り来て左はミニ版断崖絶壁の道を踏んでいると、秋の落日の絶景が飛び込んだ。鏡の海面に映えた夕映えは、昨日をはるかに凌ぎ迫力満点である。レフが活躍した。フィルムを持ち合わせていて良かった。大安の翌日もまんざらではないと縁起が首を擡げた。

 西端の集落はびっしりと立て込んでおり、共同井戸もしっかり掘ってあって豊富な様だ。朝夕の総菜類の香りが相互に漂い合い、運命共同体: 一蓮托生: 死ねばもろとも: 一糸乱れぬ歴史が続いたことであろう。地名は小田(こだ)とある。裏側のあの少ない棚田に由来だなと、純心無垢な第一印象が懐かしく思い出された。腰の曲がった一人に尋ねると、眼前の海は蛸壺漁が盛んだそうだ。タコが極上の美味だという宣伝である。ボラは集団で遊泳し旬の秋には、浦が絶好のボラ漁場となり集落が活気づく。 

    

  <小田村漁港>

一夜明けて、ボラを 「一尾」組担任に届ける児童の通学姿も可憐純情で愛おしいものだった。又、片口鰯も集団遊泳し大漁に水揚げされる。砂浜に敷き詰めた何枚もの筵一杯に、丁寧に並べていく。単純労働だが満腹感が湧き、活気に溢れる。集団の魚影を山上から探りあて白旗で船団に合図を送る。それは年期の入った老練の仕事である。二代目も修行に精を出す。船団は一糸乱れず包囲して網を打つ。集落の一大事業であり、終われば稲の収穫に明け暮れる。勿論本土への現金収入のための勤めもある。

 事務員、職工、教員など多彩。かって、農作業を熱心に手伝いながら東大生も誕生したという。ここの姓は、M, Yが圧倒的に多く、時折りI が数軒あるそうだ。村八分は存在しないらしい。その分、よそ者ん入り込む余地は皆無のようだ。ここでも戦死者が出た。明日は日暮れまでかかるだろうと踏んで、伸一は民宿へ急いだ。途中で益本家に顔を出し老体、奥方を探した。まだのようだった。彼女の上がれの合図を退けた。二人は一旦帰宅して、しばらく経って、伸一と入れ替わるように、また手伝いに出たそうだ。

日没までかかると言ったらしい。加寿代は夕餉の仕度の任務を負った事になる。小田村の様子を伝えて、明日は伸一も日暮れまでかかるだろうと伝えた。加寿代が一瞬寂しそうにしたが、非情にも後廻しにした。兎に角一眠りすると伝えた。

明日は機敏な行動が求められる。山場は漁業組合の保管資料の要点抜粋である。具体的な補償金額、補償対象などは、取材の主対象では無い。妥協点、今後の企業の対応等々を導き出した元海賊の働きが焦点で、彼が行動した規範、理念がポイントである。

 今日中に、これらを加寿代に確認する必要がある。集約した時点での具対策も加寿代の点検が必要。兎に角、民宿に電話を入れて帰宅が少し遅れる旨を伝えなくてはならない。民宿でひと風呂浴びるか、それとも益本家で、老夫婦がひと浴びした最後に、シャワーを使うか。前者が合理的だろう。

 加寿代女史も起た。気分一新して スッキリした表情である。アンケート集計で判明した特徴点の実践的対策は、更に具体的な項目の追加をまた考えましょうねと言った。魚市場は、今後にもつながるから、この視点でよいのではないかと、冴えぶりである。女性記者として先輩達に伍して十分やっていけるだろう。頼まれていた夕餉の仕度に架かるという。
 民宿の主殿が遅れを了解して、明日の朝の競り市も手を打っておいたと教えてくれた。そこへ老夫婦の御帰還となった。奥方へ休憩のお礼を述べた。益本連合会長へは、アンケートのガリ版切りと印刷を丁重に感謝して結果が大変貴重だと伝えた。明日の農家へのアンケートを頼み、自分は午後小田村に自転車でアンケートに行くと言った。相島さん、あちらこちらと大変ですなあと労ってくれた。皮肉は無かった。

二人が台所にいると老夫婦が風呂を済ませた。上着を着て暇ごいをした。颯爽と自転車で民宿に入った。奥方がお風呂にどうぞうときたので、早速浴びさせてもらった。睡眠補充で今夜は晩酌を短めに切り上げるつもりでいる。

明日の取材は、緊急報道を要する事では無く、全体の流れで見れば一種の蛇足なので、力まずに臨むことが本質の部分と真実が見えはしないかと期待を寄せている。

 「お客さんですよ」と言いながら、スタスタと加寿代好きん者女史がスカートを捲り上げてこともあろうにノーパンで登って来た。手に提げている。伸一は身を起して「どうした。」と彼女を向く。彼女が言うには、
「明日は農家アンケート後、所要を済ませるために田頭に帰宅するのよ。益本の老夫婦は、稲刈りの手伝いを頼まれているので戸建てになるわ。それで小田村用のアンケート用紙等を持参したのよ。泊まって行こうかしら。」と言う。奥方が顔を覗けて、「夕飯になさえーますう。」と言う。「そうですね、ご主人は。」と聞くと、「今夜あー、夜漁りですいえー、四時過ぎぐらあにゃあー戻るんでしょう。」加寿代好き者ん女史が、「私お酌しましょうね。」と殊勝である。膳の持ち上げもいそいそ手伝う。魂胆がありそうだが、、お膳が揃うと、「お代わりが要れば、遠慮なさらんでお呼びくださあーね。」と、奥方は下へ降りた。

 加寿代好き者ん女史の出番である。疲労のせいか五臓六腑に染み渡る。早く酔いそうだ。彼女にも飲ませた。全体がぽーと火照るらしい。色気が滲む。家系を調べた。「母はヌード愛好の権化で、父はそのダイレクト感化の下で、母を凌ぎ、下着女装は、恋愛前からよ。」と説明した。「父方にはヌード派は皆無よ。」と言う。   明日に備えて晩酌はやや控えめにした。酔いが変わらないところをみると、やはり疲労らしい。時間差トイレを済まし、お膳をそっと下げて、布団に体を入れた。加寿代好き者んがそっと民宿を出た。腕時計の目覚ましのボタンを押した。眠気がどっと来た。

 蒸気船の音で、目覚ましの前に目が覚めた。今日がこの島での最後の勝負として、臍下丹田に気力を集めた。奥方が気を利かされて今朝は生卵が二個お膳に着いた。

 筆記用具を万端整え、競り市の開始時刻を奥方に教えてもらい、レンタルサイクルで勢いよくスタートした。組合長に一言挨拶してよろしくお願いしますと言い、老若男児に女人もちらほら、次第に活気づいてきた。主殿も伸一を見つけ、肩をポンと叩いて励ましてくれた。

今回も満足のいく水揚げだったようだ。了解を得て、開始直前の魚の並んだところをレフに収めた。独特な競り声が始まり、昨日から今朝に掛けての釣果が次々に競り落とされていく。漁師の生計を支え、人々に蛋白質を補給する。地球誕生以来、何十、何百億年と紺碧の海洋が、大海原が果たしてきた人類と地球に対する重大な役割を、完全に黙殺、無視しようとした大企業達の所業は断じて、許せることでは無い。相島伸一は、改めて強い憤怒が湧き起こるのを感じて、思わずブルブルとした。競り市が滞りなく完了すると伸一は我知らず拍手を送っていた。仲買人達も漁師さん達も、何故か伸一の方へ軽く一礼してくれた。

 後のスケジュールのため、急ぎ事務室に向かった。事務長と組合長に挨拶して取材の趣旨を説明し、快諾してもらった。 補償交渉の妥結に至るまでの北山組合長の活躍は要領よく一読全貌が把握出来るようにすでに民宿の主殿から、詳細に活き活きと説明があった通り、理解し易く整然と纏められていた。

 伸一はここが取材の勝負と何度も読み返し、キーとなる表現を克明に筆記して行った。内容が感動的である。一応締めくくったところで、記事構成を何度も反芻した。単なる美談に留まらないように、読後感が何故そうなるのか、感動を呼ぶのかと分析して見た。「[人に感動を惹起させる物]それら全てに共通する要因に基づいているのだと結論した。 彼の終始一貫した人生哲学 保護しようとする対象への損得勘定を超越した愛:地球への愛、それを支える海への愛、自分が代表を務める漁民達への愛:目に見えないもの、天から自分に託された事への使命感、実現する責任感、正義を貫くための命を賭しての気概、義侠心、それに根付いた実行力。

彼が企業役員との交渉で発揮した、周囲の予想を覆す智を働かせての論理性、柔軟性の取得とは次元が異なる、上記のような倫理道徳の範疇、正岡子規がかって漱石に伝えた「季節」は彼の人生のどの段階で培われたのか。その推測は出来ないか?若しかして、元海賊を触れ込む程の実体験から培われたのではないだらうかと伸一は仮説を立てて見た。戦前を体験し旧制中学校と師範学校の教育を受けた益本杏輔連合会長なら何か手掛かりが掴めはしないかと、午後に回すことにして、メモを数回読み返し、また資料も読み返し漏れのないことを確認して、伸一は繰り返しお礼を述べて事務所を後にした。

いずれデスク名で正式な礼と状を発行する必要があろう。大企業へも同様である。漁村の幹線沿いの家でパン、サイダー類などを売っている商店を訪ねた。何軒かある。適当に仕入れて急遽民宿にもどり、メモ類を部屋に置きアンケート関係を携えて行ってきまーすと主夫婦に挨拶して、小田村に向かった。棚田の稲刈りが真っ盛りである。レンタルサイクルが活躍する。小学校の少し西に、高圧線の鉄塔がる。対岸にもそれが立っており島のエネルギー源となっている。

消防団のM島分署がある。二階建てだ。道路向かいには 懐かしい半鐘櫓が立っている。

 更に進んで行くと左手に石の鳥居が見える。尋ねると柿本人麻呂神社だそうだ。疫病払いに本土から分祀したという。どんどん行くと岸壁すれすれに見るからにみすぼらしい長屋が続いている。高潮では浸水間違いない。衛生環境も見るからに劣悪である。間取りは流行りのワンディケーに届くか届かないか。天井も低い。夏は暑く冬は寒くの普請である。思わず自転車を降りて西端まで歩いた。しばらく離れてある家人に尋ねてみた。朝鮮半島出身の人達の住まいで戦前からのまんまだという。家主もいるはずだが、人間扱いしないのだろう。神戸にも似たような居住地がある。日本人の人権・人種意識がそのまま出ている。全国そうであろう。記者として認められたら、加寿代女史と手分けしてやるべきことは山ほどあると使命感が湧き上がった。

 西へ向かうとすぐに専売公社がある。塩田の鹹水からタバコ製造に変わるそうだ。いよいよ小田村に到着。半農半漁。やはり漁民にアンケートを開始し、四五軒回って要領を得て昼食と決めた。本土へ目を移すと、頑丈な堤防が左右に東の入川までびっしりと築いてある。入川の東に、島との海溝を不定期に行き来する渡船場が見える。頑強な堤防の向こうは一面の広大な塩田のようだ。長州藩の懐に寄与したところである。小田村の漁師さん達の釣果は、東の競り市へ出す。

 海岸沿いに回った。皆さん愛想よく答えてくれる。当時の記憶がある人は感想もくれる。丁重に礼を述べて、出るとすぐ感想を書き留めた。集落が小さいからだろう。落ち着いて詞遣いも穏やかである。気を遣い、労を労ってくれるご老体もおられる。幸いなことに、ほとんどが在宅しておられ、予想外にスムーズに進み、稲刈りで留守以外は片付いた。

必要資料に限定して、一眼レフで本土側を収め、サイクルにしっかり施錠して、この島に来て最初に歩いた一人がやっとの細い道を登り詰めて、入り江と棚田を見下ろしてレフに収め、昼食はあそこでと、スタスタと下った。 ほとんどが稲刈り中の田圃で直接そちらに移り、アンケートを開始した。皆さん半農半漁と言われる。海水汚染で直撃のダメージは東に比べると軽症だろうと答えられる。小田村の住み心地はどうかとアンケート以外を話題にすると、いずれ本土と島を繋ぐ橋が架かることになっているので、実現すれば、僻地感、孤島感も薄らいで、リゾートの真似事のようなことが可能になるかもしれないと期待もある。そこまでしなくても橋が架かってくれれば落ち着いてよいところだ。逃げ出す場所ではないという人が大半だった。  

チャンスがあったら、又訪れて浜辺で泳いで見たいと言った。みんな機嫌よく対応してくれた。架橋を一日も早く実現して貰いたいが大勢であった。伸一は棚田の稲刈りをレフに収め、浜辺に腰を下ろしてパンとサイダー類を飲んだ。

 この入り江を後にしてから急転直下の連続だったなあーと少し懐古的になった。共通している点は、全て人が連結していることだ。海洋汚染はその人の連結を断ち切る暴挙ではないのか。被害者が団結することは連結のように受けとれそうだが、表面的に過ぎない。目的的に発生した繋がりは、目的達成の時点で解消に向かう可能性は強い。奇妙な論法だが現実だらうと思った。

予定している企業での取材は、臨機応変、更に突っ込んで取材をする冴えを発揮しなくては、国会審議にすら及ぼないだろう。北山組合長から神通力を貰いたいところだ。ドジレば男の沽券に関わる。頭を空にして臨んで見るか。満腹もしなかったが引き上げる事にした。加寿代は田所の実家に泊まるだろう。ストレートに民宿へ帰る事にした。奥方がお疲れ様と迎えてくれた。二階で横になり足腰伸ばした。芳しいお茶が来た。主殿の夜漁りは、結構満足のいくもんだったらしい。競りで高値だったそうだ。

 

伸一はそうだとは気づかなかったが、奥方が小さい声で、益本家の、あのお孫さんは、中高時代に発展家だったそうだ。すいぶんお奇麗になられて、ご用心ですよと警告してくれた。そうでしょうねと答えておいた。こちらの孫は全部男だそうだ。戦後強くなったのは靴下と女だそうだから、尻に敷かれるか、逃げだすか、それしかないらしい。くつろいでアンケート結果と感想文を整理した。今日の中央地区の農家の結果が楽しみである。取り残された田舎の活性化のヒントがあればよいが。

ひと眠りと決めてトイレを済ませて寝た。かなり時が経過したらしい。海を小船が数隻航行しているようだ。港の活気とはこれだろう。安心する。静寂には不気味感がある。雲が架かって来て夕日が沈みかけたらしい。

奥方が、相島さん、益本の奥様から、今夜は、益本宅で食事をして下さいだそうです。アンケートの集計分析を完了したいとかで。わかりました。奥さん、せっかく用意して貰っているのに迷惑をお掛けします。

 午前のメモ帳も抱え、午後のアンケート結果分析、昨日のそれも整えて手提げに入れて、歩いて行くことにした。ご主人によろしくお伝え下さいと言って行ってきまーすと出かけた。お気を付けてーと返事が返った。意味が広そうだ。ゆっくり足を運び、夕日を仰いで記者も楽ではない。銀行員ならどうだったかなと想像しながら幹線に入った。棚田が随分すっきりして、刈り取って束ねた稲束が、二つに割いて稲掛け、「はざ」にきちんと詰めて干してある。弥生から変わらないのだろう。暮色が掛かれば一段と風情があるに違いない。伸一はしみじみと眺めながら進んだ。

 益本家で案内を乞うとなんだか賑やかい人声である。案内されて玄関に佇むとこちらへどうぞと中年過ぎの、艶めかしい美熟女が応接間に導いた。相島ですと名乗って初めましてと頭を下げた。すかさず、加寿代の母、田頭芳江ですと紹介した。加寿代が、お世話になりましてと恭しい。老夫婦が二人の親密度に尾鰭をつけて伝えているようだ。観念するしかない。関西男児らしく堂々と振る舞うことにした。まさか筒もたせの[親娘版]ではあるまい。

すっかり秋になりましたねと伸一は老成した挨拶をして、島の夕映えが見事ですねと褒めておいて、この島でお育ちですかときいた。ええここの長女です。相島さんは生粋の関西っ子ですかときた。そうですよと言っておいた。次男坊で兄貴がいます。羨ましいですわ。私たちは三姉妹です。ぶす連集団です。いやいやなかなかたいしたもんです。これも老成した対応である。本土の開作地にお住まいですかそれとも山麓地帯とか。開作地を調査されているなんて、さすがに敏腕だと加寿代が宣伝するはずですわね。いえいえ、付け焼刃そのものですよ。小学校時代から一夜漬けでしたから。私などは三杯漬けで今は、何も残っていませんことよ。「まあまあ、お話が弾んでいること。」加寿代がお茶を入れに来た。「アンケートを片付けたら連合会長殿にお知恵を絞って頂かなくてはならないことが発生したんですよ。」

伸一は、一口に飲んでゆっくり嚥下しながら、田頭さんのとこは、皆さんお嬢さんですかと籍調査をした。いえ、この娘の下は、長州男児ですわ。目下福岡で予備校生です。いやあーそうですか。長州とは、司馬さんと海舟さんが要るなあとこれも老成の感嘆である。せっかくだから母上にも手伝ってもらいませんかと加寿代に向かって発した。お母さんそうしてねと頼んだ。嫌とも言えず姿勢を正した。動きがふくよかでセクシーそのものだ。誘われたら抵抗できそうにない。集計表を大御所が持参された。伸一は姿勢を正して、お世話になりますと頭を下げた。

大きめの食台で四人が一面ずつに分かれて読み上げて記入した。中央区の農家が少し手間取ったが、伸一の受け持ちはすでに整理完成しておいたから、簡単に運んだ。項目別に全体の総和を出して、特徴点を見つけ、漁業関係は昨日と全く変化が無いことが判明した。農業は直接の影響を被っていないから無理もないが、標準的な、平均的な常識的な集計結果となった。農業地区の活性化策は浮かびあがらない。やむを得ない。加寿代の意見を聞いた。魚業従事者の特徴が重要性を持つと即断した。

皆賛成した。そこで、伸一が行き詰まっている点;故人となられた組合長の倫理道徳、気概、義侠心の[季節]はどこで培われたのかを会長に投げかけた。ゆっくり、寝ても覚めても頼むと言った。カギは元海賊の触れ込みにあるのではないか。あるいは幼少からの家訓なのか。家訓とすればそれがどう海賊の触れ込みに繋がるのか、血縁者達が全然、生い立ち等を聞いていない、知らないという冷酷な事実がある。

後は明日にということで締めくくった。母上に丁寧にお礼を述べた。震い付きたくなるようなセクシーな応対が戻った。ヤバい。ヤバい。伸一以外は入浴を済ませて居るという。伸一は急ぎシャワーを浴びることにした。ヌードの所へ、湯加減はどうしますかと、母上が我が家のように覗き込んだ。やけくそである。顔を洗って前も、後もよく洗いさっさと引き上げた。竹籠に置いてあったパジャマを、お借りしまあーすと叫んだ。また母上がセクシーにくねくねさせて覗き込み、陰茎をじっと見て折たたみを広げてくれた。観念した。これで全員が伸一の身体を丁寧に見たことになる。

一物が気に架かる風なので近寄って腰を差し出した。案の定、両手で優しく挟んでこすった。不覚にも反応した。大きいのね、いつかきっとよ、伸一を見て甘く囁いた。そうですね、楽しみにしていますよと老成に応じておいた。集計が片付き、アンケート発案者加寿代の音頭で、ビールで乾杯をした。刺身が美味だ。野菜も味付けがよい。何故か慎重に飲んだ。喉が渇かなくてよかった。日本酒との混ぜは、今夜は控えよう。酔いが速い。相島さん、遠慮なさらないでどんどんやって下さいねと、奥方から勧められた。ちびりちびりタイプですと答えた。母上が、内のもちびちび型だわと言った。お強いのですかと伸一がきいた。そうね助が付くわねえー。あるいは、ベえかもねと娘が冷たい。きっとストレス解消でしょうと庇っておいた。競り市の活気を話題にした。連合会長も詳しく覗いたことはないとのことである。加寿代女史は小学校行事で見学に連れていかれたそうだ。記憶では、汚染で魚種が乏しい時代だったと言う。

閃いた!」と連合会長殿が伸一を見た。相島さんあれは家訓ですなあ。男児への季節、気概、義侠心等は何といっても家訓が物をいいます。次は教育ですね。これはかって、正岡子規と夏目漱石が書簡でやり取りしています。さすがは旧制中等学校卒である。伸一も感心した。海賊云々は、それがすでにあったからの自然な度胸です、落ち着きです。どうですか。いやあー、まさにその通りですね。

 再度乾杯しますかと母上を見ると色気があふれ過ぎている。加寿代女史も同じだ。会長と二人で乾杯した。これでレポートの大半が完成した。母上が女神だろう。彼女がくねくねと迫って来れば受け入れるしかない。今夜はお泊り下さいねと奥方が言った。素直に、お世話になりますと応じた。美熟女殿が、部屋がたくさん空いているし、それがよくってよと添えた。加寿代女史も頷いた。連合会長は頷くばかりである。相島さん本当に連日お疲れ様でしたなあと慰めてくれた。いやあどうも、むしろ皆さんのご助力の賜物です。民宿へ今夜は泊る旨電話した。加寿代さんには頭あがりませんね。頭が上がらないのと、尻の上にいるのとは、どちらが快適か。これは難問ですね。連合会長がすかさず、寝ても覚めても考えますかと仇討ちにでた。伸一はぐいと盃を飲み干して聞捨てる事にした。話題の転換で、橋が架かる希望に移した。

 四輪、バス、トラックが島を大きく発展させるでしょう。小田村の人達も住みよい所だから、ますますここから離れたくないと言っておられましたよ。島の人口などは増えなくてよいから維持が大事ですね。一か所、行政と日本政府の範疇ですが、福祉の課題がありますね。朝鮮半島から来られたか、連れてこられたか、同じ人間として、放置出来ない居住区がありますね。専売公社の手前ですが。あれはひどい、酷すぎる。戦後十年近くも経つと言うのに、この地の市も県も含めて、明治維新の立役者だなどと豪語する資格は全く無いですね。いやあー飲み過ぎて悪酔いしたなあー。忘れて下さいね。島の真裏にある立岩稲荷は、歴史が古そうですね。この島とは縁が切れそうにないな。何時か必ず行きたいですね。その昔、意気消沈されている菅原道真公を慰めたのは、この島がここにでんと構えていたからですね。

 大した島だ。ここに別荘も悪くないでしょうね。加寿代さんどうですか。彼女の眼がらんらんとした。母上が、そん時は私も立てようっと。益本会長が、この家をあみだくじで選択にあげようかなと言う。立岩稲荷までの長い長いくじを造って見るか。皆などっときた。伸一がやはり悪酔いだなあー。もう休ませてもらうかな。母上が、明日は特に無いんでしょう、と未練を見せたが、もうそろそろお布団に行きますとなり、伸一はぐっと盃を呷った。これで今宵は安全となった。それは誤算だった。割り当てられた和室に入り、すでに布団が敷いてあるので、何時ものようにヌードでもぐりこんで仰向けになった。安堵からか、直ぐに眠気が来た。家内がシーンとした感じである。しばらく経つと襖がスート開いてスリムなヌードが入ってきた。

 翌朝民宿に戻った伸一は、終日島内と本土の一部を自転車で見物して、時折出会う住民と、時候の話などを交わしながら時を過ごす事にした。林八衛門商店で昼食はパンと牛乳を仕入れて済ませ、西の渡船場から10円で本土に渡った。初めての見物である。塩田が遥か北へと続いている。間もなくこれが廃止となる。どことなく寂寥感が湧く。塩田の左縁を北の伸びる浜土手沿いに進むと、浜子さん達の家が一戸立ちで北へ向かって並んでいる。島の例の酷い長屋と似たり寄ったりである。塩田廃止でいずれは 撤去されざるをえないが。

 振り向いてMを見上げれば、どっしりと貫禄である。架橋によってその未来が充実することを切に願う。予想外に時間が経ち、渡船場へ引き返した。引き潮時で、島や問屋口の人々が「みよ」と呼んでいる深い溝は海水が流れ、その南は干潟になっている。自転車や歩いて通れる道状になり、少し盛り上がって、対岸の乗り場まで続いている。幸い箱舟は「みよ」のこちら、北側に停泊していた。

みよ」の幅は大変狭いが、やはり一人10円である。干潟を自転車をついて歩いて進んだ。潮の引いた後の海底にはたくさんの小さな円形の穴が見える。塩を入れるとマテ貝がひよいと出て来るのだそうだ。がんぜき状の重い熊手を引いて歩くと、小エビがピチピチ跳ね出るそうだ。有明海の超ミニミニ版というところかなと思った。大変有意義であったと、伸一はご満悦気分で民宿に引き返した。少々午睡して、夕刻に増本家に電話を入れた。     

 

**アンケート調査結果から、取材追加に行政が必要 被害にあった漁民の不信感が強すぎる

  それを報道しただけで取材をしていないのは片手落ちとなろう。

    ・県庁環境衛生課  電話でコンタクトして取材を申し込む。アポを取る必要がある。窓口は何か。知事部局が対応か。大上段に構えて杓子定規なことを要求するかもしれない。本社から社名、社印付の申し込文書をおくれなどと。それら全てを一言一句一報道すればよい。徹底して行政批判を展開すれば、拍手喝さいが来るだろう。庶民は頭にきている。

加寿代女史が短大から帰宅したかどうかを確認した。本人が出たので、アンケートの結果分析の数値が必要になったと伝えた。此方が行くか、加寿代が来るか。そちらに全て、身も心も持って行くわよと言う。県庁への取材の必要をあらかた伝えた。当然ねと言う。手伝うわよと言う。何時頃かと聞いたら何時がいいと聞く。母上はまだ滞在かと聞いたら「今夜も留まるといってたわ」

そちらで食事を済ましてからでいいよと言った。民宿の奥方に、益本の孫が訪ねて来ると伝えた。どうぞ、泊めてもいいですよ。二代目だから、化かされ無いようにねと、小さい声でニヤリとした。伸一は更にうとうとすることに決めた。すると玄関がピンポンと鳴った。近所の主婦の様だ。座り込んで話し始めた。何としてでも、滞在中に奥方との間に関係が生じないと収拾がつかない、諦観した。噂のバラまき防止にはなるだらう。

増本家の電話口へ加寿代を呼び出した。近所の主婦が玄関でねばっている、待てと合図した。数値整理の途中だから完成次第ね。流石は彼女だ、うれしいよと答えた。井戸端が終わって去り、子機で連絡しかけたら、入れ替わるように、加寿代が昇ってきた。ニコニコしている。

一幅飲んで仕事に取り掛かった。行政での取材の具体的な手立ての件である。県民がどの程度汚染の現状と行政の対応に関する情報を得ているのか。この集計のように根強い行政不信が現実であるとして、信頼を回復するために、今後どう対応するべきか等々。企業への不信に関しては、明日午前早く、関係二社に伸一が電話で伝える。取材当日に具体的な方策等を聞き出す。方針、対策が間に合わない場合は、本社への郵送を依頼する。

加寿代の直感:企業はそれでよし。行政は、帰りついてデスクの判断を仰ぎ、N紙名で文書で正式に申込んで、文書で回答を得る方が正確で、行政も本腰を入れてベターであるとした。伸一もその方向を思案していたところである。

加寿代の短大の卒業課題を話頭にした。在日外国人の、滞日中の福利厚生も、これからは国際化の波で重要度を増してくるとの前提に立つべきだとして、研究対象にすることに対して、担当教授に、流石は田頭君だ、経済大国云々を口にし、民主主義国家を標榜するなら、国が率先すべ課題だよと賛同を頂いたわ。伸一さんのお蔭よ。

奥方が、相島さんー、そろそろ夕飯をお持ちしましょうかときいた。お願いしまーすと返事をしたら、加寿代には目もくれず、ここに置いて置きますねーと、わざとらしく伸一にウインクをパチパチと送って、すぐ下に消えた。お膳を運んで、ビールで晩酌を始めた。今夜も主殿は夜釣りらしい。この道も大変だなあーと同情する。加寿代にも勧めた。グラスが追加してある。ヒラメの刺身が予想外に柔らかく甘みが深い。加寿代も口に入れて美味しいわねーと言う。

太刀魚の塩焼きも塩加減が申し分ない。同じく彼女も口に入れた。ビールを飲んで喉の渇きを潤した。しっかり食べた。後は酒をちびりちびりと味う。生卵を家から二個持ち出してきていて寄付だと言う。グラスに落として掻き混ぜ、掻き混ぜ、飲み込んだ。お膳を下げてくれて、銚子の追加を持ち上げた。口移しで飲み合う。最高の気分である。不覚にも寝入りそうだ。寝入った。まだ宵の口である。帰ります。「お休みなさい」と言って玄関を出た。奥方が「お気をつけられてね」と言った。

夜明け前に目が覚め、トイレを済ませ、伸一は今日の日程の作戦を練ってちょっと又、うとうとしようと横になった。奥方が上がってきて 加寿代さんに、電話をするようにと伝えた。「夕べは御免ね」と謝った。よくってよと言う。今日の繊維会社が終わったら一緒に食事しないかと言う。加寿代はバスで出るそうだ。ついでに田頭の家に行こうよとも言う。同意した。朝餉が終わり次第、益本に来てねと言う。芳江はまだくねくねと、ここに滞在するそうだ。悩ましいことだ。

増本の電話で取材対象二社へ、アンケート調査で、漁業関係者を中心に、環境保全に関して企業への根強い不信感の結果が出たので、その件に関する対応等の理由から、追加が必要になった旨を伝えた。加寿代にN紙用、発酵企業用を一枚ずつ作成してくれると助かると頭を下げた。直ぐ書くわねと承諾してくれた。今日は奥様はときくと、寄合だとかで、公民館に行っているらしい。

それで静かなわけだ。芳江ママの話相手がいない。伸一はお茶を飲んで、仰向けになって天井を見つめた。間もなく加寿代女史が、ダーリン二枚完成よと折りたたんで手渡してくれた。それじゃあ―と立ち上がり、出発時間を考えないといけないあー。彼女が、詳細を詰めないといけないわねと囁いた。土壇場で後智慧が湧いてきた。情けないことだと自己嫌悪に墜ちた。取材項目を前回申し出た通りに記載しておかないと、スムーズには運ばない。速く気づくべきだった。無念。伸一が口頭でメモを見ながら言って加寿代女史にうまくレイアウトして貰うしかない。これで頭は益々上がらない。お安い御用よとニッコリしてくれた。

    *過去の汚染事実の確認と補償状況、(概略に留めること)

 *その後の環境対策、 汚染海域の浄化の促進、死滅魚貝類の再生対策

 *特に企業としての自浄努力等に関して自浄努力の幅が広いので、具体化が必要

    ・ソフト面(具体的な施策 ・社内コントロール  ・社員の意識啓発策、環

境保全研修を実施した成果、職員の環境保全意識の変化の状況など

 ・化学的廃液処理、還元化への技術開発等 

・ハード面(経営の中への位置づけ)

*今朝の電話での追加分:本社への環境に関する住民達の根強い不信感への対応

  

A)中・長期視野での不信感払しょく  B)喫緊の対応 [今日まで当社が実施したことの成果等の全市民への情報開示 天地神明に誓って粉飾が一切ないこと]

   □協和発酵も上記で行く予定 加寿代女史が二枚書き上げて感動したようだ。

△繊維企業に電話を入れて、本日取材にお伺いするが、時間帯は何時が都合が

よいかと確かめて行動細案を組む。

企業が13:00~14:00はどうかとの事でまとまった。女性の筆記助手を一人

同行すると伝えていた。

本土で昼餉を摂って行こうねとなった。加寿代女史は筆記助手の身分とした。待ち合わせ場所を彼女に任せ、一先ず休憩した。レンタルサイクルに立ち寄って空気を入れなくてはならない。芳江ママは自分の部屋で何かしているようだ。編み物かな。それとも、くねくね運動かな。加寿代さんが、伸一さんと外食するから昼餉は要らないわと芳江ママに伝えた。今日が企業への取材日なのよ。ほんとに大変ねえーとヌードの返事であった。成功を祈るわよと追加がきた。益本家出発時刻を決めて、加寿代さんの部屋で、又ひと眠ありすることに決めた。疲労が取りきれない。

加寿代女史がちょっと出かけた隙に、くねくねヌードさんが入り込み、フクリをほぐしながら一物を口に咥えこんだ。心頭を滅却するしかない。それでも反応する。芳江ママさん、今日はだめですよと、なだめてみたが涎をたらたら流している。イカセテよと迫る。浴室へ入ることにした。両手の指をフルに駆使するとビクンビクンとして崩れヨガリ鳴きを始めた。可愛い姿態だ。捨てる訳にはいかない。泣き顔がセクシーこの上ない。旦那も罪な男だと思う。一体どうなっているんだろう。部屋に戻り仮眠した。ぐっすり寝入った。

今度は、もう一つのヌードが添い寝で触って来た。「伸一さん好きよ、死ぬほど愛してるわよー」と囁いた。夢うつつで聞いた。こちょこちょと脇をくすぐるから、体をお起こして目を覚ました。バスに乗って出て、町で食事をして実家に立ち寄り、一休みして企業にタクシーで往復しようと囁いた。加寿代さんがこくりと頷いた。「鰻重は好き」と聞くから大が付くよと答えた。「そこで早めの昼食ね」と言う。実家の近くらしい。アンケート集計、取材項目、筆記用紙、ペン等を点検し、レフもフィルムも補填準備万端。実家のキーを確認後スタートした。地元の地銀の本店前で落合う。目立たないように別々の出発として伸一はタイヤの空気を補充し渡船で本土に渡り、百間土手をそよ風を切って進み始めた。前回歩いたことが懐かしい。今日は幸い海風もほとんどない。加寿代女史が乗る予定の乗合が通過した。問題の繊維企業を右手に見ながら、堀口通りと名付けられている入り川沿いを、真っ直ぐ北へ向かった。途中からかなり登り坂になる。開作低地から旧陸地へさしかかっているのだろう、北風の季節は楽ではない。右手は長州藩水軍の根拠地、三田尻御船倉跡地に近いそうだ。戦前は馬車による船荷の運び、積み込み等で幹線として人の往来も相当賑わいをみせたらしい。開作による低地を過ぎると陸地としての貫録が感じられ、どっしり感がある。

銀行本店は道路沿いで認めやすかった。そうこうする内に加寿代さんが乗合を降りて駆け寄ってきた。さすがに人目を避けて抱き付かない。食事を済ませたら実家に寄って自転車を預ける。後は予定どおりで、いいわねえーと言う。鰻重は、油のしっとり感なかなかのものだった。ボリュウム満点で味も抜群である。疲労が一気に取れそうだ。値も張った。家の敷地は広くはないが、普請はしっかりしている。戦前の造りである。間取りもゆとりがある。タクシーを拾うの簡単だろう。予定時間まで畳でくつろぐことにした。

 しばらくして、時間だということでタクシーを呼んで企業についた。

加寿代女史が大丈夫かしらと言うから心配するなと励まして正門をくぐった。

筆記助手ですと自己紹介して相手方も愛想よく受け入れてくれた。事前の連絡等に反応して全般に、充実した回答を得ることが出来た。特に企業への漁民、住民の不信感は手痛かったらしく、対応を今回の回答に加えてさらに追加するから、それまで暫く記事を抑えておいて貰えないかという事であった。

加寿代がウインクしたから、デスクの方へその旨伝えておきますと答えた。

序に、行政への不信感も大変強い結果が出たと伝えて、行政には本社から直接郵送で回答を求めることにしているといっておいた。アンケートを取って良かったですねと言うと、お陰で助かりましたと感謝してくれた。成功である、加寿代もきちんと筆記をこなした。たいしたもんだ。無事田頭家に帰り着いた。疲れたーと叫んで加寿代が仰向けになってしまった。疲と欲求不満を何とか円満におさめて、直ぐに引

き上げることにして、彼女をタクシーで返し、サイクルで島へ急いだ。

 秋には冬が続く、釈迦も、イエスもアラー自身さえも、代えられない、不動の天地創造である。冬はそれなりに北風に、特に北西からの吹付に鍛えられそうな開作平地住まいなのだろうなあと、伸一は比較的余裕を持って、時折、周囲を見渡しながらペダルを踏んだ。

凹凸、平坦、垂直などが、天然の造形の複雑さであり、あるいは芸術家の筆の走りの山水画とは異なり、見る者に躍動感や深淵間を呼び起こす眺めではない、この風景を、道真公は、心に染み入る眺望として受け止められた。世間的な、絶景と言う概念では捉えられない別物であったのではないかと、伸一の心に過った。

道真公の心そのものが、例えれば、天然の造形のような複雑性に満ち溢れていたのである。人為的な創造物なのに天然さながらであったのだ。信頼を寄せる者に裏切られた、寂寥感、不信感、都落ちの挫折感などなどと列挙して、単純に一括りに総括できないものであったのだ。

人間が人間に与える、引き起こす負の創造は、古今東西で不変であろう。伸一は柄にもなく、筋の取らぬ哲学的な思考に嵌ってしまった。周防国衙の、晴れた晩秋の午後のいたずらであった。

タクシーでゆったりと帰宅した加寿代女史は、「お母さん、私達の強力なライバルが現れたわよ。よく知っている女性よ。誰と思う。」「さあ、どなたかしらね。」民宿の女将さんよ。ペチャパイ、ずん胴、どブスのくせに、全身の感度が数段上だってよ。悔しいったらないわねえー。「加寿代、人のことを事実としてもそのように蔑んで言うと、こちらの器量が落ちるのよ。気をつけなさいね。」柄にもなく、好江くねくねママが、人の道を説いた。「はい、わかったわ。お母さん、私達も毎日鍛えましょうよ。方法は自分達で考えなさいと伸一さんが言うのよ。上達すれば、お父さんも戻って来るかも知れないわよ。」「そうね」と芳江ママが感慨深そうに同意した。

「お母さん私ね、企業から、アンケート調査を感謝されたわよ。根強い不信感が分かって助かったってね。」「やっぱりあなたはその方面で活躍すべきね。」「ええ、そうするわね。」

伸一は、民宿に自転車を預けておいて、すぐさま増本家にやって来た。加寿代の部屋を借りて、筆記してある内容に目を通した。奥方がお茶を入れて、お疲れですねーと労ってくれた。連合会長殿はクラブの幹事会だそうだ。加寿代が入り、ヌードになった。読者として何か物足りないと感じる点はどこだろうかと、二人で考えることにした。取材のやり取りは、読者に興味等を引き起こすというよりも、納得、承認よね。全体を小説風に仕立て上げたらどうかしら。起承転結の形態ね。私、北山組合長の孫に負けたくないわ。小説家としてよ。その視点で全体の構想を練ってみようかしら。どう、伸一さん。僕も小説風しかないかなと思っているんよ。ジャーナリストから小説家に転じた人物は男女とも結構いるからね。僕は小説は駄目だね。加寿代さんにやってみてもらうかな。「やってみるわね。」そこへ好江ママがヌードで入ってきて、あら、あら、お勉強中ねと出て行った。まったく落ち着かない家だ。伸一はひと眠りと決めた。

 ぐっすりしたなあーと目が覚めると、玄関からどたどたと音がして、連合会長のご帰還のようだと思う間もなく、襖が開いて、「伸一さん」と会長の御入室で、慌てて、姿勢を正した。加寿代は依然、ヌードのまま、傍らでペンを頻りに走らせている。「大評判ですわあー。例のアンケートですよ。これで、あんぐうたら企業も目が覚のめるだろうちゅうて、島中の話題ですなあー。いや驚きました。誰が仕掛け人かと皆さん興味深々ですわな。孫娘のボーイフレンドの一人だと、さらーと交しておきましたよ。

あん加寿代さんのかと言う事で、加寿代の株も少々上がりましたがね。」「お爺ちゃん、それ以上吹聴しないでね」「どうも皆さん、北山太一郎組合長の再来かと受け取ったらしいですなあ。とにかく島民の方々が喜んでくれて、わしもガリ版の切り甲斐があったよ。相島さん今夜、我が家で軽く一杯やりましょう。これは、今回の取材の大きな副産物ですなあー、普通、あり得ないでしょう。島民の生の声を、N紙にも掲載しなくてはいけませんね。アンケート調査後の反応として、不肖、この私めが新米記者もどきで、記憶に生々しい間に纏めてみましょう。」伸一と加寿代は正座して深く頭を下げた。連合会長殿は、奥方に何か言って、本気らしく、書斎に閉じこもった。文責~~会長増本喜輔とする気だろう。直ぐに民宿に、夕食不要だが夜は帰ると電話した。

落ち着いたところで、加寿代が、N紙の購読者範囲は岡山以東でしょうと念を押してきた。まずそうだねと返事をした。彼女の構想では、海洋汚染の直接の「被害島」の歴史的な流れを紹介して興味を引き起こす。もっと読み進みたいという気持ちを喚起する。具体的には、伸一が市立図書館で仕入れた情報で十分であろう。ここの執筆は伸一の担当とする。汚染発生とその被害、最終的な妥結までを三次元的に時の流れを追うのだそうだ。中心に元海賊兼北山太一郎漁業組合長をすえる。企業、漁民、島民は彼の衛星的存在となる。これでもかなり進んだわよという。大したもんだ

伸一は最早、才媛好き者んセクシーの足元にひれ伏す下僕である。それでよいと甘んじることにした。電話で、夕食は増本で馳走になりますと伝えた。女将さんはがっかりするかもしれないが。また横になって、手に入れた島の情報を取り出した。手提げに入れておいてよかった。彼女に見せると、何故か、ヌードの股を大きく開いて仰向けになって読みだした。伸一はどうなっているのかなあーと、秘部を舌でゆっくり愛撫した。ウフン、ウフンと喘ぐ。はしたないことだ。目を通した彼女が、ここも私が直接書いた方がよさそうねと言って、えねーその前にちょっとイカセテと潤んだ眼差しを投げかけてきた。しばらくして、加寿代がアーアーを繰り返して、無事に終了した。

閃いたわよ。」とぺんを握って原稿に書き始めた。しばらくして、ねえーこんな出だしはどうかしらと聞く。ちゃんと聞くから万事任して置けと言った。

清盛公殿が、此処二三日、暇あるごとに腕組みをしておられる。側近が恐る恐る尋ねた。「殿、またもや、源氏方に不穏な動きがあるのですか。」気にするな、彼が狙っているのは日本の支配だけじゃよ。好きにさせておけばよい。わしが狙っているのは、未来永劫じゃよ。わかるか。「殿わかり兼ねまする。」それでよい。』今、最も清盛公の脳中を占有しているのは、自分が将来、神となって永住する祠を、この日本の何処の地に建立するかであった。既に、二つの島が候補に挙がってきている。

二つとも瀬戸内海に位置する。瀬戸内は穏やかな気候で、海が内海なるが故に同じように穏やかで、気候も温暖そのもの、ここ鎌倉が大雪の時、あっけらかんとした晴天らしい。清盛公のイメージの中には、遠浅が見渡す限りに続く海原に、巨大な鳥居と社殿を建立する。それらの色彩は場所を決定後、周囲の色彩との調和を検討して、巧みに伺いさせる。というもので、すでに候補地として挙がっている島は、二つともよく似ていて甲乙がまったくつけ難いのである。公の腕組みの秘密、悩ましさはそこにあった。

 一つは、
芸州安芸の国所領の
厳島である。今一つは、周防国衙の所領、向かいの島である。決断の武士(もののふ)清盛が、思案の余り、くじ引きさせたとか、よくある、闘鶏に紅白をつけてた戦わせたとか、それこそ末代の恥である。公は、多忙を押して、自ら出向いて両島を、視察もしたし、島の伝統、言い伝え等々何れも、これらに甲乙をつけ難い。周囲、裏の数、島民の数、山の高さ、これらも、神か、仙人が関係している。思い悩んだ末、清盛公は、密かに、それとなく自分に秋波を送る、お気に入りの腰元を呼ばれ、ことの次第を話されたのである。腰元は、お慕い申し上げている殿がどうしてこんな単純なことをと、一瞬、殿の天下も長くはないと直感した。彼女の助言は鮮やか、爽やかであり、今なお、日本国固有の一種の思考パタンにさえなっている。『殿簡単で御座います。向かい、向こうの島は、いずれ本土から向こうへ、向こうへとどんどん離れて行くでしょう。一方の厳島は、芸州安芸で、何時までも飽はまいりません』。清盛公は彼女をたいそう重宝がられ、臨終の床までも侍らされたそうである。彼女の予言は一つ外れて、向かいの島は、逆に本土の方が、向こう 向こうへ、向こうへと、どんどん言い寄り、清盛公憧れの遠浅干潟を完全に消滅させて、現代に至っているのである。島に関する予言の一部が、斜交いに当たったのか、後世に面妖な悲劇が発生したのである。』

伸一は、そのストーリー展開の巧みさに脱帽した。二人とも夕食ですよと奥方の声が。お風呂は済んだのというので、お先に頂きましたと答えた。加寿代女史にヌードでいいのと聞いたらそうよ、私も、好江ママもよ、との返事。大変なヌード一家だ。それにしても、小説風の書き出しは、なかなかよくできていると伸一は思う。

増本連合会長殿の即興記事は、さすがに、ナンバースクールには不合格でも、戦前戦後の生涯を良心的表現の自由の作文指導に徹底されただけあって、正確無比で非の打ちどころが無い。たいした頭脳である。これならば、デスクも採用するだろう。

和やかな団欒で、五人中二人はヌードだからすごい。加寿代さんの小説風書き出しは、会長もべた褒めであった。今夜も酔いそうだ。伸一は悩まないことにした。加寿代女史にすべて任す。

 「好江さん、御主人の出張はいつまでですか。」と話題にした。「実はねえ―」と、彼女が言うには、「伸一さん、彼にいい女性が出来たらしく、別居中なの」だそうだ。奥方が「焦らない方がいいわね」と言った。会長殿は、「焦っても、なるようにしかならんのだから、自然にしておきなさい。」と娘に諭した。伸一はすかさず、「失礼なことをお聞きして済みませんでした。」と、心から詫びた。座が白けかけたので、なんと、ここで奥方があの、『君の名は』を引っ張り出した。途端に会長と加寿代女史が転げ合って笑った。

 好江ママさんがあわや、蚊帳の外になりかけたので、伸一が昨夜の一部を紹介した。「民宿の主人殿が、海水汚染のことをさっさと忘れてしまえと言われてん、『君ん名』ですいのんた」と言った。伸一が理解できないから、知らぬは末代までの恥として、「そのいわれを質問した。」のだと伝えた。「そうね、加寿代も男性なら、わからんかったはずよね。私は毎晩全てを投げうってラジオを聞いたわね。夜の9時よ、遅すぎるよね。今なら、昼メロと言うとこね。ラジオに時々雑音が入って聞こえにくくなるのよね。頭にきたわね。あくる日友人に詳細をたずねたもんよ。しかし、あれねえー、民宿のご主人ってなかなか洒脱な人ね。見直したわよ。」好江ママはもう一度、彼のセリフを繰り返えし「簡単には、そんしゃれは、出ないわよねー。女将さんと競うかなあー。」 「お母さん、そん前にあれよね。」「そうね。」「お二人とも何のことですか」と、伸一がそらとぼけてきいておいた。そして、案外、「いいかもしませんよ」と追加した。

ご老体同志は、しんみりと酒と肴をつついておられる。「会長、現役に復帰されますか。」と、水をむけたら、奥方が、「伸一さんだめよ。こん人すぐ本気にするんだからね。お父さん前にもあったでしょう。ベテランの国語教師、作文指導者を探すけれど、どうしてもこの市にはいない。増本さん是非にと、拝み倒されて、中学校の教団に立ったんよね。お父さんは旧制中学校のつもりで赴任したんよ。これが悲劇の始まりね。レンズも焦点も合わんで自己嫌悪に陥って、意気消沈して退職し、引きこもりになったんよ。島の同級生達があれやこれやと励ましてくれたお陰で、連合会長に収まれたんよ。もうこれでいいよね。」

「それは本当に大変でしたね。しかし、いいものをお持ちですので、若しも、僕が新聞記者を継続できるならば、それを願っていますけど、加寿代さんを通じて、発揮して頂く場合があると思いますので、その節はお気軽にお力添え下さい。」

「伸一さん心配すんな。こんわしが、君の才は太鼓判を押すわいね。今回のアンケートの中身は、加寿代が幅を利かせているが、君の采配が無ければ実現しなかったぞ。采配は才覚じゃよ。名言だろうが。」「あら、お爺ちゃん、そんとおりよね。」加寿代女史が口を挟んだ。「頼りになる。やはり死ぬまで二人三脚か。」

「気の合う者同士の、秋の夜の団欒と酒杯は、また一段と乙なものですねえー。さながら、増本版、竹林の五賢人ですね。」「うんー、まいったなあー。相島さんに先を越されましたなあー。」
 女性軍は、民宿の夫婦に話題が飛んでいるようだ。似合いのカップルなのか、案外そうかもと、好江は要注意だ。大焼けどをしかねない。その気になるには、覚悟が要る。相手がどう思っているのか、どう出るかである。相手の幼少時からの憧れなのか。そうであれば、猶更、感度を高めておかないと落胆させることになる。

課題は大きい。奥方は、「別居中の旦那と好江は、恋愛だったが、こうなれば、すっきりと離婚した方がよい。」と考えている風である。後は、二人の子が、どう対応するかだ。旦那が一人は欲しがる可能性がある。世間ではよくある話だ。

 連合会長殿は、今回の調査で自分の株が上がったと悦に入っているようである。事実そうだろう。これも、自然にしておけばよい。明日は、発酵企業へ加寿代女史を筆記助手として取材に出向く日である。繊維と異なり、何故か頻りに今回は、漠然とした予感が浮かぶ。発酵企業とは、親密度を深めることが重要な気がしてならない。
 汚染をしたという咎めの姿勢ではなく、困難への同調、共感のスタンスで臨むのが良いではないかと頻りに心が疼く。異論があれば遠慮なく言って下さいと頼んだ上で、筆記助手にもそれが共有されていないとだめだろう。この考えをこの場で皆に伝えることにした。全員が賛成してくれた。連合会長殿は、「発酵企業は将来的にも、この町の発展の一翼を担う責務があり、それを果たす事は、確実だ。」と断定された。「明日がありますから、今夜は控えめにして床に就きます。」加寿代にウインクを送った。「うまく進んで僕が
N紙へ一旦引き上げる前夜は、一席持ちますから元気にしていてくださいね。今夜は早めに民宿に帰ります。」と潔く玄関を出た。都合よく満月である。翌朝は、発酵と取材時間帯を相談しなくてはならない。月光のおかげで、民宿の奥方の夜這いも無く、誠に平穏な熟睡をした。

 昨夜の満月を受けて、今朝も秋晴れの気配が濃厚である。しばらく怠っているジョギングをすることにした。汗をかく程にはしないことにして、漁村の幹線と岸壁沿いを楕円にジョグする。海面からの空気と棚田からのそれが、無風の中でケミカルにうまく溶け合って、誠に清涼だ。何度も大きく吸い込んだ。二日酔いで頭が上がらないと言うのが、男にとって一番の不健康だと定義づけた。岸壁では屈伸運動をして何度も深呼吸をした。奥方が念のためにシャワーをどうぞときたから、さーと一浴びした。無事神戸にたどり着いたら、規則正しいリズムを復元しなければならないと強く感じた。すっきりした後の朝餉の味噌汁は格別だなあーと、「三椀の雑煮かゆるや長者ぶり」。誰の作だったかな。芭蕉でないことは確かだ。蕪村は元旦の朝、若水を供えて柏手を叩き馬堤の流れまで一、二往復したのかな。

増本へ電話をいれ、今からそちらに行くがよいかと確認した。今日は、東の渡船を降りて、タクシーを呼ぶつもりでいる。往復それでいいだろう。加寿代好き者ん女史が「小説風」の続きの構想を練る時間が必要だ。架橋を議決したからには、さっさと着工を開始したらどうか。「橋掛けや遅れに遅る秋の海」これが行政だ。不信を抱かれて当然だろう。

 増本で昨夜の無礼のお詫びとお礼を丁重に述べておいて、連合会長から激励をもらった。しばらくして、電話を借りて、今日の取材の時間帯の企業側の都合をたずねた。奇遇と言えば奇遇だが、前回と全く同一時間帯である。大が付く企業では昼食時間帯がほぼ共通しているのだろうか。考えて見るとそうじゃななく、官僚化しているということだろう。小回りが利かない、融通が利かない。北山漁業組合長に理論で「きりきり舞い」をさせられたはずだ。視点を逆に置けば、組合長は普通の人で、頭の回転が速かった。企業幹部の思考が、習い性で硬直化してしまい、冷凍付けであっただけのことであろう。組合長を宇宙人だなどと失礼なことであった。今日の取材でも、相手が硬直化の可能性もあると柔軟に構えておかなくてはならない。加寿代女史にも早速伝えた。「よくわかってるわよ」が返事であった。頼もしいかぎりだ。

 

長期逗留中の「くねくね」さんが出現されて、お昼はどうするのときた。どうして女性は、食と性しか脳中に無いのか。それが母性であり女の(さが)なのだろうかな。それぞれの家を出る時間を設定した。東の渡船場から本土に上がったところで待ち合わせ、タクシーを公衆電話か、小売り商店呼ぶ。発酵会社の正門近くの饂飩定食堂でゆっくりと昼餉を摂る。散歩などしながら戦略を反復し一時過ぎに企業へ行く。このように話が纏まったところで伸一は民宿に引き返した。奥方が入れてくれたお茶を飲んで部屋でゆっくりして書類、レフを携えて設定時間どおり歩いて出発した。どうもこれ最後だからと力みがあるようだ。力を抜いて自然体で当たることにした。漁村の幹線道路も何度も歩けばそれなりに親しみを与えてくれる。気の荒い漁師が多いと言う評判や自己宣伝ではあるが落ち着いた雰囲気だ。何事も、真の姿を知る上で、先入観ほど人を誤まらせる物は無いだろう感じる。そういえばかって受験英語で、人は皆、自分固有の色眼鏡をかけて、人生を渡っているのだという随筆を読まされたことがあった。自分は目下駆け出しのひよっこだから、記者特有の色眼鏡で取材対象を見てきてはいないだろうと振り返る。

あれこれ勘繰りや品定めなどせず、白紙で当たるしかあるまいと結論した。渡船客は伸一が一人であった。気の毒だと言えばお気の毒だ。加寿代さんとの時間差から、例の小売り商店で小型タクシーを呼ぶことにした。この店はなかなか愛想がよい。百間土手の件を覚えていてくた。それにしても、加寿代好き者ん女史は、何をしてもついているようだ。頭がいいのか。彼女の到着と、タクシーが同時であった。きつね饂飩に卵をトッピングしてもらった。伸一は今日で二回目だが、此処は、ご飯の米がよい。加寿代も賛同した。大企業の傍に位置するという何かがあるのだろうか。散歩しながら雑談をしている間に予定の時間になった。正門を潜って社屋にはいると担当課へ丁寧に案内された。改めて自己紹介をして、筆記助手ですと加寿代を紹介した。お手柔らかにと受け入れた。スリム美形は得をするようだ。

 すでに前回のアポの時に伝えていた汚染の事実の確認や、漁民への保証問題等の項目は順調に進んだ。三田尻湾に流出した廃液の主成分を尋ねたところ、塩酸と苛性ソーダと答えがきた。魚貝類への害はどうだったのでしょうかに対して、中和はしなかったが、それがために死滅する程のモル濃度では無かったという回答であった。

今後の展望に関しては、予想外の回答が来た。経営方針を転換して、これまでの酒類中心の製造に留まらず、地球環境保全、人類の安全、健康維持のための商品の製造を、関連他企業との連携で大幅に取り入れて積極的に進めていく方針だという。それに企業としての生き残りを掛けると言う方針を決定しているそうだ。すばらしいことだと称賛し、二人で期待していると感想を述べた。昨夜の連合会長殿の協和発酵KK擁護論は当たっていたことになる] いずれは、市の発展の一翼を担う企業になられるという市民の方々も少なく無いようです。「いや有難う御座います。頑張らんと行けませんね」

 「漁業の方々を中心とした企業・行政への不信感への対応策に関しては、大変申し訳ない事だと深くお詫びしなければなりません。はっきりしていることは、今後の当社の環境保全対策を明瞭にしてそれへの取り組みの実践で、市民の方々へお示しさせていただくことになります。一つ一つ積み重ねるしかありません。失われた信用取り戻す努力は、未来永劫に続けねばならないと受け止めています。しばらく時間を頂いて

郵送させて頂き、それまで、記事にするのは抑えていて欲しいという事で、鐘紡KKと同じ回答をしておいた。

最後に三点だけ確認させて頂きたいということなんですが、よろしゅう御座いますか。「はい、よろしいですよ。どうぞ。」

一点は、産業廃液等を減らす、あるいは無害に還元する化学的な処理に関する研究等は進んでいるのでしょうか。「少し専門的で長くなりますが、かまいませんか。」「頑張ってみまーす」と加寿代女史がニッコリと応じた。

水質の汚濁防止等への取り組みですが、製造プロセスの改良や、排水の処理施設への設備投資を積極的に行い、排水の水質汚濁の指標であるところの、COD(化学的酸素要求量)、窒素、リンを削減する努力を開始しています。それに加えてですね、ちょっと専門的ですが、膜処理による排水の高度浄化や、完全浄化まではまだまだですが、金属を含有している廃水を抜き取って、産業廃棄処理をします。それによって、排水中の高負荷物質・有害物質の河川への排出を防止します。WET [生物応答を利用した水環境管理手法] 試験を利用した、排水が生態系へ及ぼす影響の評価・アセスメントを進めることで、廃水を還す先の河川や海岸の水質のモニタリングを継続します。汚濁発生の未然防止プランです。この試みの滞りない実現に全力投球していきます。計画倒れだろうと思わないで下さいね。このWET試験は、米国、カナダが先進国です。まあーそのまね事ですが。独自の物をとの気は焦りますが、連携がカギですね。

「田頭さん、よく頑張られましたね。素晴らしい忍耐力です。」「いえ、いえ、足手まといで。」「いずれ、うちの社員になってもらおうかな。」「ありがとう御座います。デスクが何と言いますかしら。」美形スリムの空とぼけに、相手もさるものであった。にやりとして、伸一をゆっくり見やった。まだまだ官僚化には程遠いようである。と言うことは、卒大の派閥なども存在しない、ヘドロジーニアスあろう。

二点目ですが、海洋汚染を含めた環境問題に関して、これまでに、当地の行政との間に癒着等は当然、ありえませんよね。「有難う御座います。市民の方達の雇用、法人税での市の財政への若干の寄与の点以外は、行政との関りはほとんどありません。全国的に、政治とはクリーンな関係を維持してきております。有難う御座います。」

最後ですが、御社は、他の大企業と同様に、社会貢献の視点で、製造工場を全国展開されていますが、特に、当地の工場において、環境問題で特別な配慮をされている点は何か御座いませんか。相島さん、お若いのに、なかなか視点が素晴らしいですね。

ご指摘の通りです。ご存知の通り、環境汚染は大きく分けて、大気、土壌、海洋・河川となります。人への環境汚染上の実害は、それらを媒体にしてということですね。大気は全国共通ですよね。ここでは、それに加えて、漁業を通じて人々の生活に直接関わる、湾、漁港が入ります。かって当地の人々に、大変なご迷惑をおかけした海洋汚染はこれだったわけですね。その点は現在も変わりません。相島さん個人の発想だと言っておられましたが、普遍的ですよ。ぜひ自信をお持ち下さい。

 

「どうもお褒めに預かるような才はございませんのに、御助言有難う御座いました。これで失礼致します。貴重なお時間を、本当に有難うございました。多方面での御社のご健闘をお祈り致します。」二人で深々と頭を下げて、さっと引き上げた。

食堂ですぐさまタクシーを呼んでもらった。都合よく、すぐ来ると言うことで、加寿代女史の創作時間が浮いて出た。一秒でも早くバタンキューをすることを願った。

時がどれぐらい経過したか定かでないが、目覚めると民宿の二階にいた。外はやはり秋晴れである。トイレを済ませて増本家へ電話した。加寿代女史は、臍天で大いびきをかいているということであった。最後の即興三点追加がこたえたな。悪いことをしてしまった。しかしあれで取材が締まった感じもするのだが。相手も咄嗟の対応が発生して、少しは脳の活性化にはなったであろう。目覚めたら民宿へ電話するように頼んだ。自分も、もうすこし英気を養うことにした。焦ることはなかろう。間もなく奥方が、相島さん、増本家に資料を持って来て下さいだそうですよ。

分かりました。今日はほんとに疲れました。企業で気を使い過ぎました。行って来まーす。お気を付けてね。

 加寿代女史の部屋に通されて、どちらからともなく抱き合った。たっぷりディープキッスをしてしばらくそのままでいた。「即興取材で疲れさせてしまって御免ね」と詫びた。「とんでもないわよ。伸一さんの鋭さに完惚れよ。相手も褒めてくれたじゃないの。素晴らしかったわ。貴方は記者として文句無の合格だと思ったわよ。」「そう言ってくれてありがとう。お礼をしないといけないな。」

「好江ママは、近所に急用が発生して田所に帰ったわよ。ご不幸らしいのね。死ぬほどイカセテね。きっと例の続きがひらめくわよ。」老夫婦を無視して、ヌードで愛し合うことにした。電話が響いたり、玄関が鳴ったりしたが耳に入らなかった。

加寿代好き者ん女史がこれまでにない声で喘いで果てた。伸一の方も多かった。何時も通りに、同時であった。離れられないなあーと伸一は巡り合わせを回顧する。お茶を入れて飲んだ。

そういえば、取材中に、お茶かコーヒー等のサービスが無かったのは珍しいのではないだろうかと振り返った。取材は客扱いの対象にはならないのであろう。官公庁とは異なって良いはずであるが、、、。新発見であった。特に今回のように、当事者にとって負の課題での取材であれば、猶更となるのかな。加寿代女史の異見を求めた。「取材と交渉は基本的に異質よね。客ではないという事ね。今回は招かれざる存在ね。視点を変えれば、拒否も可能だったし、立ち話でも済むという感覚なのよ。」プラスの自社ピーアールであれば、全く変わっていたんじゃないこと。要するに、治りかけている古傷に、我々が塩を摺りこんだわけね。」 

記者にとっては命がけであるが、相手にとっては確かにそうであったに違いない。その点から判断すると、むしろ丁寧に、親切に対応してもらったと結論してよい。前回の繊維の場合もそだったし、これら二つの企業の負の面への取材に対する前向きの姿勢、対応をクローズアップすることが読者の好感を呼ぶのではないか。加寿代に伝えると、「伸一さん、閃いたわよ!任せてね。」「信頼しているよ。」僕が側にいなくても大丈夫だろう、何かあったらすぐ電話してくれと頼んで民宿へ一旦引き上げる事にした。何時ものように縋り付くような淋しそうな表情をしたが今回も無視した。

たまには民宿の主殿に、取材の円満無事終了を報告して、お礼を述べ、一献傾けなくてはならない。ビールと男山を注文した。明日はレンタルも返還しないといけない。

二階の窓からの眺めは、今日はなかなか絵になる。レフに収める事にした。夕日ではないから本土一帯が清澄な日差しに溢れかえる印象を受ける。干潮で例の「みよ」が西に流れているのが鮮やかだ。「みよ」は東から西まで全長が均一の水深で無いのが明瞭である。海水の澱み具合や、色合いで深浅がある程度判断できる。時折魚が水中から跳ね上がる。恐らく飛び魚の類ではないだろうか。
 何故かふと [
あざみの歌]の冒頭が浮かんだ。「山には山の憂いあり 海には海の悲しみや」
 
 この詩を詠んだ詩人の感性は、到底散文的な発想の伸一が受け止めることの出来る世界ではない。地球という小さな惑星の誕生から、海水は引力のお陰で飛び散ることも無く、地球と共に何十億年間と運命を共にして来た。大航海時代に、人類は海を能動的に受け入れて、地球の方々の大陸を知ることが出来た。移住もした。その当時若し、海を擬人化しておれば、海との対話が発生したと考えてよい。堀江さんの太平洋単独ヨット航海では、対話の相手は海であったと想像される。『
老人と海』、あの主人公、サンチャゴ老人は、少年と四六時中漁に出て擬人化した海とも話相手であったはずだ彼は自分の人生の終焉を海と語り合った。海の側のレストランで、一人「nada(=nothing)とつぶやく場面がある。余談だが、作家「なだいなだ」さんは、これがヒントの筆名だそうだ。彼の呟く「nada」は般若心経に説く「無」に通じるところがあるのではないか。日本の高山、世界の高山の登頂に挑む登山家達は、当然、山を擬人化しているであろう。従って、山を汚すことを忌み嫌う。そうなると、この詩の「憂い、悲しみ」は、伸一の判断では、それぞれを対話相手としている人物自身が抱いている憂いであり、悲しみなのだとなってしまう。漠とした宇宙の中の、小さな地球上の神秘的な大自然の悲しみや、憂の心に共振してみたいものだと思う。確かに、一輪の「あざみ」の花に直接語り掛けながらの形態ではあるが、人間が感知出来ない山や海や空という、大自然が内臓しているある物;それに感情移入しているこの詩は、時を越えたものだと、伸一はその文学性に深く感じ入った。

民宿の奥方に、「今宵はご主人と一杯やりたいのですが、」と伝えると、「丁度よかったですね、今夜は釣りには出ません。喜ぶでしょう。」ということであった。届いた酒代を支払ったので、ちょっと休憩をと思っていると、「お風呂にどうぞ」ときたので、一風呂浴びることにした。取材では普通の汗ではなく、脂汗が滲んだ感じである。自然体で臨んだはずだったが、緊張していたことは間違いないようだ。仰向けになって今後の日程を検討していると、「増本のお孫さんが見えましたよ。」という。本人が相変わらず、ノーパンでスカートをたくしあげたままで階段を登って来た。「概略を練ったから、ちょっとヒントをもらいたいのよ。」という事である。二十歳は若過ぎる。結婚相手は「くねくねママさん」のような年増の方が楽かなと、怠け心が湧いて来る。

「なかなか大変で、弱音を吐きそうなのよ。」と女流小説家志望が嘆いた。「心配するな、これで芥川賞とか、なんとか言うんではないんだから、気楽に書き流しなさい。」と言ったら、「伸一さん、その気楽が大変なのよ。もう二、三回激愛してもらわないとダメかもね。」飛んでもないことを宣われた。如何にも好き者ん女史ならではである。伸一が脳中に浮ぶままを言って見た。

「いいかね、好き者んさん、『未来永劫の支配を目標にされた清盛公を、最後まで悩ませ、日本語特有の駄洒落で決まったように、瀬戸内海国立公園に接するM島、愛称 霊山、蓬莱島は、ライバル、東の「宮島」と相和して、蒙古襲来、源平合戦、関ヶ原、大坂夏・冬の陣、明治維新、日清日露戦争、太平洋戦等々、人が引き起こした、数々の国難を乗り越えて現代に至った。けれども、人生片時も忘れてはならないことは、まさにあの名言、“天災は忘れたころにやってくる”である。これが、残念ながら人災にもぴたりと当てはまる。何故なのか、天地に対する人間の不遜以外の何物でもないのである。

天災であれ、人災であれ、災難を一旦被れば、悲劇であることを免れない。御承知の通り、悲劇にはヒーローが不可欠である。』以下は汚染の実態を記述する。

Nに持ち帰ってからの削除は簡単だから、やや詳細に記しておくこと。」「企業名は略式でKNE, KWA 等々にしてはどうだろう。解決済みの保証問題は不問。ヒーローとなる北山元海賊兼漁業組合長殿については、民宿の主人の一連の説明を主軸で述べるのが理解しやすいのではないか。」「昨日帰る途中で気付いたんだが;北山太一郎組合長は普通の人で頭の回転が速い人だった。大企業の経営陣が官僚化してしまい、発想が紋切りとなり、硬直化していたということなので、宇宙人云々発言は失礼であったなあー。」「伸一さん有難う。これからは、私のゴーストライターになってね。お陰で筋が繋がってきたわ。何とかなりそうよ。それにしても、衛星役の企業には大きな相違があるわね。私の感では、昨日の発酵KKの方が汚染歴が長く、クールで手口が巧妙であったのではないかと思えるわ。繊維KKの方は、猪突猛進さながらにドンート流して、その後様子を見つつじわりじわりだったようね。その最初が余りも大きな衝撃を与えたわけね。それが牽引となり、元海賊殿の株がドーンと上がった訳よね。二つのドーン、ドーンの事件よ。」

「結局デスクへ提出するのは、①アンケート内容と集約結果と分析、②取材項目と受け答えの記録、そして最後が、③新進気鋭の作家、好き者ん女史の小説だね。花火がドーン、ドーンと上がってパット花開くのか、萎むのか。結果は、小説よりも奇なりだろうよ。明朝は朝餉の後すぐに増本へ行くよ。今晩はここの主殿と飲む予定だよ。君も付き合うか。[小説風]のことで主殿から助言をもらってはどうかな。それとね、「くねくねママ」が「君の名は」の洒落をべた褒めしたと伝えて、主殿の反応を見ようかと思うがどうかね。」「そうね、私もお酒に付き合おうかしら。」「了解したよ。」

 主殿に対して、「あれこれと、具体的な面で、親切に情報を頂き、お世話になりました。」と、伸一は丁重に、お礼を述べた。「どんなに感謝してもしたりない気持ちでいっぱいです。」と伝えた。「何とか目鼻が付きました。」として、加寿代女史も入れて、三人で乾杯した。「連夜のようにイサリ漁は大変ですね。」「いやあー結構楽しみですいね。まあ殺生ばっかりしちょるから、地獄落ちは間違いなあでしょうがね。命を貰ろっちょることん感謝は怠らんのですがのんた。相島さん、記者も大変ですあー。漁師にならんですか。私が、いろはから、仕込んであげますいね。ははあー、夢だったんですね。私は、こん仕事は代々の天職だと思ちょりましてねー。魚んにやあ悪いけんど、皆に喜んでもらうんが、何んよりですいのんた。」「やはりそれが遣り甲斐でしょうね。よくわかります。記者もなれてくれば、醍醐味が分かるようになるかもしれません。

「好江ママに、『君ん名は』の洒落を話したら、ものすごく感動しましたわ。おいそれと出る洒落ではない、あのお方見直したわ。」と本気でしたよ。「僕が、いわれを解説してもらったと伝えたら大笑いされてしまいましたねー。」「好江さんにゃあ、長あー事おちょらんなあー。相変わらずおきれいでしょうなあー。憧れんマドンナ高嶺ん花、エーデルワイスでしたからね。
 へりで飛んでん手の届く女性ではなかったですいのんた。加寿代さんも美人だけど、好江さんはもっときれいでしたなあー。惚れちょったんきゃあーのうー。何時ん間にか、さらわれてしもうたあーのんた。一回合うて見んといけんのう。」沈黙がながれた。「相島さん、素早ようせんと二ん舞ですいのう。今は性の開放的な時代じゃからのう。早やあーもん勝ちですいのんた。相島さんどんどんやって下さいよ。二人の披露宴にやあ、是非参列して一席ぶちたあですなあー。加寿代さん、今回あーの働きゃあ評判がいいですよ。」
     <エーデルワイス>

「伸一さんのお陰ですわ。どうぞ、お盃を。」「有難う御座います。」「取材記事を纏め始めて、伸一さんに言われたんですよ。本社への報告の一部を、北山組合長を主人公にして、『小説風』に纏めたいんだが、自分にはその才が無いから、加寿代さんすまんがやってみてくれんかと頼まれていたんですよ。それで、あらすじを、北山太一郎さんを直にご存知の方に聞いてもらったらどうかとなったんですが。

「そりゃあー面白そうですなあー。加寿代さんは、小説家志望ですな。女性ん芥川受賞作家ん結構おられるから、やっちみる価値あーあるいのんた。なんちゅうてん、『源氏』も、『』も女性ですいのんた。そうそう、清少納言はあー、小さあー時ん、こん島あ―見ちょりますいの。親父が「国司」で周防に来ましたからなあー。付いて来たちゅうことですいのう。暇があって、父娘で此処へ来ちょったら、『』ん中に、『島は、瀬戸ん向島、仙人住むとて悠々とーーー』書いたかん知れんですいのんた。それで、どげんな運びですかなあ。」加寿代が、「伸一さんと、お爺ちゃんが掴んでいる、北山組合長の使命感、責任感、義侠心、頭の冴えなどが中心です。」と説明した。「人柄は、おおらかで、度胸がすわっていて、女性には優しく気配りをした。女性を始め、か弱い存在は、男気を発揮して守らなくてはなんらという義侠心に溢れる人だったなどですが」と付け加えた。「だいたいそうですね、気性が激しかったですよ。ここん漁師あー私以外あーは、そりゃあー気性が荒あーですからなあー。打って付け、ピッタリの組合長でしたね。そん線でいいね。楽んしみだなあー。記事んなったら読ませて下さいね。」

記者になれようがなれまいが、今回、伸一がお世話になった方々や、関係された方達にも送ると返事をした。酒もどんどん進んだが、主殿は、好江ママの誉め言葉がずいぶん嬉しかったようだ。「何時か是非お会いしたいと言っておられましたよと、好江ママに伝えてもよろしいんですか。」「気恥ずかしいが、伝えちょって下さい。しかし暇が出るかな。当てんせんでと付け足ちょって下さい。粋な洒落、研究せんといけんのんた。」

和やかな一夜であった。加寿代は早めに増本宅へ帰った。主殿と二人でちびりちびり「男山」を味わい、しんみりと過ごした。「好江さんの娘も、親ん負けず劣らず、好き者んで結構発展家らしいから、そんつもりでいた方がええですよ。」が助言であった。

朝目覚めると同時に、増本家へ行くと言っていたことを思い出したが、伸一が、紀行文形式で島の取材での全体の構想:大綱の前書きを作成しなくてはならない。すっかり忘れていた。小学校前の文具店で必要な物を購入して、今日は一日中民宿で書くことに決定した。

紀行文書き出し:

博多行き特急に身を委ねると、座り心地と網棚を確かめる間もなく、端正、優雅な白鷺を脳裏へ焼き付けることに没頭して、瀬戸内国立公園を左手に、軽快に運ばれている我が身にふと気付いて、選択の賽を投げていたのだと、思わず一点を見つめて、腕組みをしました。島々の点在が此処かしこ、誰疑う余地の無い、島の宝庫だと眺めると、胸躍るものがありました。

 

近代以前の海路は、北前船を始めとして、都への輸送等の主要手段で、此処では、村上水軍も多くの戦に関係しているし、熊野水軍と合流し、源平の合戦にも参戦、壇ノ浦まであれこれしたことだろうと、忙しい想像も沸く海の青さです。

 あまり人口に膾炙されていませんが、かの清少納言が幼女の頃に、父の周防国国司赴任のお供をして、瀬戸内海を間違いなく船で下っています。後年のあの文体、中身から察して、負けず嫌いでさぞかし、キャアースー、キャア―スーお転婆を発揮したことでしょう。

自分は若干船酔い気味ですが、青々とした海面大海原を眺める分には、どんなに長くても長すぎることはありません。瀬戸内海は、左右からのプランクトンの流れ込みも豊富で、両サイドとも、美味な魚種の宝庫であることは、いまさら言及を待ちません。

周囲が海の我が国は、一面単純でもありますが、瀬戸内はそれに変化を添える、貴重な存在として評価できます。

ところが、この青々とした一部が、我が国が、戦後の経済成長を志向する大きなうねりの中で、昭和二十年代の中ごろ、突然汚染されました。その大騒動の笛も太鼓も鳴り終た後に、自分は、そこで掲載価値を掘り出すために訪れたことになります。戦闘の勝敗が着いた後に、戦陣へおっとり刀に及び腰で、のこのこ駆け付けたような、まさしく、遅かりし由良之助だったのです。美味な鮮魚を味わいながらも、つくづく、ドジを踏んだもんだと悶々としているところへ、心温まる手助けのお陰で、汚染問題解決に関わったある傑物の存在を知ることが出来ました。

[その人物は、企業幹部との交渉で、彼らの思慮の欠如、結果への無責任、営利主義等を追及し、情け容赦なく、徹底糾弾しました。](詳細は、「小説風」を参照)

彼の人柄、経歴、人物像を焦点化する一方で、すぐさま汚染のメカニズムを俎上にのぼし、それを契機として、当地の人々の環境意識をはじめ、様々な事柄を、ニュース性は御座いませんが、普遍性を有する内容を、読者の方々へご紹介させて頂くところまで、どうにか漕ぎつけることが出来ました。厚かましくも新米もなんとか、責任の一端を果たせるかもしれないと、少々期待しているところです。それにつきましても、取材対象の企業二社には、古傷を探られ、塩を擦り付けられる、望まれざる訪問に対して、常に淡淡として誠意のこもった回答をして頂きました。その温かい、ご寛容なご対応に心から感謝を申し上げながら、思い至る度に、感涙に咽ぶのみでございます。読者の皆様には、是非御一読頂きまして、ご感想、忌憚のないご意見をお寄せ下されば、私としては身に余る光栄でございます。

今回の取材を通じて、若輩の私が学ばせて頂きましたことは、人類はどんなに、科学、テクノロジーを発達させようが、天然自然の摂理に背く背信行為に出ることは、断じて許されないという事でした。人類全体を運命共同体と見なす時、その幸せとは一体何かと言う大きな課題を与えられました。

掲載の目録は以下のようになります。

・客観的な資料:アンケート質問項目 回答集計数の特徴と対応 :汚染の発生した市の歴史(門前町から企業城下町へ) :汚染の被害を受けた漁民達の住むM島の歴史(一部を「小説風」が含む) :三か所の取材内容と、二つの企業の応答    ・重要な役割を果たした人物を主人公にした小説  ・増本連合会長が書かれたアンケートへの反応の記事 (以 上)

昼食を終えると伸一は増本家へ電話した。幸い連合会長殿も好き者ん女史もいると言う。出かけないで待つようにと伝えて、原稿を持参した。足らない点、漏れている点、不要な点、文体等の指摘を依頼した。

連合会長殿がまず目を通す。何か記録した。続いて女史が目を通す。これも何か記録した。楽しみだ。資料が不足の場合に補充用の二つの漁村の記載も眼を通してもらった。前回と同様であった。

連合会長感想)

感想:紀行文記述:格式張るよりも、体験、見聞の方が、淡淡としてきわめて常識的であるが、読者の共感、関心を呼ぶ。


内容:汚染の事実は不動で無には戻せない。だから、漁民、地域住民のそれに対する反応、環境意識、企業等への感情等が大事。従って、アンケート実施とその集計、分析、今後の対応が最重事項である。
 

結論:これでゴーサイン。切れ者デスクからイチャモンが付けば、潔く
Nを退職。漁師になるか、協和発酵の守衛をしながら、釣りを楽しむ。精の着く魚だけに限定。加寿代は協和発酵防府の秘書課に勤務。二人共増本家に住む。家賃は当面無料とする。守衛は、新米秘書の素行、浮気の有無まで見張ること。これは妙案だなあー。一人悦に入る。

(好き者ん女史感想)

 伸一さん全部すばらしいわよ。貴方は私の命だわ。合格ね。デスク殿がごちゃごちゃ言ったり、鐘紡がNに文句を言って、Nが記事を掲載しない時は、即刻退職ね。私が養ってあげるわよ。いいこと、報酬は毎日よ。[鼻息が荒い] 連合会長殿が転げまわって笑った。何故かくねくねママさんまで顔をのぞけて、「私も毎日よ。」父上が、禁断の不倫はご法度だぞと判決を下された。今夜は大いに飲もうとなった。めでたいことだ。好き者ん女史の小説は確実に進行し、連号会長殿の点検が厳しいそうだ。「まだ材料にアンケート関係や、取材関係が必要かな。」ときくと、「もういらないわよ。」と答えた。

「明日にも、客観資料を整理統合して、今読んでもらった紀行文と、連合会長の作成「記事」も一緒に、明日午前中にNへ送るよ。」と伝えた。問題は、行政に対する住民の不信感への対応の取材である。二つの企業からの同じく不信感への追加対応策の到着までアンケート記事は保留とする。行政に向けての、不信感に関する文書による取材は、デスクの方から発送してもらう。文面は明日朝、伸一が流れを作成して、同じ速達でデスクへ送る。増本家への居候は、“壁に耳あり、障子に目あり”でタブーである。伸一はしばらく民宿へ留まり、小説の完成に協力する。この地の名所旧跡を二、三見学して、情報を手に入れておくことも、今後に役立つかもしれない。滞在費は自分持ち。社には年休を届ける。理由は、慣れない土地で体調を壊したため、しばし休養する。一旦民宿に引き上げることにした。もう一度読み返して、紀行文を清書しなくてはならない。

デスクへの資料送付後に、折り返し彼から封書が届いた:

①到着資料への感想:行政へのアンケート郵送の件を了解

  ・紀行文書き出しの内容が、謙虚で好感がもてる。  ・掲載目録もこれでよい。

    ・質問項目がよく出来ている。誰かがヒントをくれたのか?
      取材内容の筆記は、双方の表現のニューアンスが感じ取れる程に正確だ。アシスタントがいたか?

    ・アンケート回答者達の反応の「生の報告記事」も効果的で、そのまま採用できる。

・お疲れさま。年休で体調を回復して、早く社に戻ってもらいたい。 

 伸一は、ここは男の美学を発揮して、加寿代好き者ん女史の将来の為に、身分等Mを揺るがした海洋汚染の事実を示唆してくれた老人クラブ連合会会長の孫娘、短大2年生)、事実をありていに伝えて、その才質をデスクに売り込むことにした。
 デスクが伸一をどう処遇するかは成り行きに任せる。いざとなれば潔く、守衛か漁師である。基本的には、彼女自身が将来やりたい分野の修練とボランティア活動を兼ねての行動だったため、今回の報酬等に関しては薄謝程度で、心配不要である。著作権等は、関連内容の採用で
Nが所有することになる。
 [将来]
:女性記者希望 福祉、教育、学芸分野を中心に活動。経験を積んで、最終的には作家希望である。

立岩稲荷神社詣では、くねくねママさんが、往復ヌードでガイドして途中から伸一にもヌードを求めた。誰かに出会ったら「こん、こん」と挨拶するようにと言っていたが、残念ながら誰も通らなかった。

*市内観光のメインサイトは、一地区に帯状に集中しており、サイクルで視察するのに楽であった。


 防府天満宮    周防国分寺  防府毛利亭  防府阿弥陀寺

遂に、加寿代好き者ん女史から、「小説風」が一応完成したので、すぐ益本へ来てくれとの電話が入った。案内を乞うと、彼女専用の部屋へ通された。くねくねさんもまだ滞在らしい。

北山太一郎元海賊兼漁業組合長のカリスマ性を中心にして、彼の地球環境観、海洋の人間への役割、零細漁業の望ましい姿、漁民達への暖かい眼差し、労りの心を、企業幹部との交渉で、分かり易く対話風に展開しながら、同時に組合長自らが、漁民と直接対話を持ち、今後の事について具体的な願望、展望について語り合っている。説明の羅列に留まらないところがよい。元海賊は事実かの質問も出て、その回答も諧謔が溢れ、読んで飽きない。企業側は、組合長に触発、啓発されて、次第に、海洋汚染影響の重大性を理解して行く。地域住民が迷惑を被るような経営では、ついには、企業としての存続が危ぶまれることになりかねない。ハード面からの立て直しが必要だと自覚することになり、本社幹部を説得しようと決意する。取材のやりとりは、ト書を入れて、ドラマのセリフの進行を演出している。小説の『地の文』は、なかなか巧者で、とても初めてとは思えない印象を与える。「これで十分だよ。よく頑張ったね」と心から労った。「清書が出来上がり次第、神戸Nへ戻るよ。」と伝えた。

伸一が、「今夕完成祝いに、ささやかな一席を設けるよ。」と言った。「民宿と、ここと、どちらかな。」「芳江ママも入れてあちらでするか。」となった。今夜は主殿が在宅だそうだ。連合会長と好き者ん女史と伸一で検討して、「大胆にあちらで。」となった。いよいよとなって、『くねくねエーデルワイスさん』が尻込みをした。「やっぱりいきなりはねー。」「人生は、いきなりの連続ですよ。」伸一が老成の励ましをした。自然に任せるしかない。

 「『小説風』の完成が、お世話になりました皆さんとのお別れです。必ず漁師か、守衛で戻ってまいります。そん時は盛大にやりましょう。それでは、乾杯の音頭を芳江ママに。」彼女がくねくねと立ち上がった。「不肖な娘の書いた物がお役にたちますことを祈って、乾杯させていただきます。皆さん、ご唱和を。 相島伸一さんのご健闘も祝して、大乾杯ー!ありがとう御座いました。」

少数ながら、拍手が鳴り止まなかった。民宿の主殿が原因のようだ。

「ところで、高嶺の花のエーデルワイスの色は、白だけなんですね。純粋、純白、無垢な花嫁衣裳ですね。『ある人が、高嶺の花の、花は何でしょうかと尋ねたら、それはエーデルワイス』と答えが返ってきたそうです。正答には間違いありませんが、もう一つの意味の方が、普通の答えのようですね。どんなに欲しくても、どんなに焦っても、絶対に手に入らない物だそうです。そうなると、加寿代さんは、僕のエーデルワイスだなあー。」「そうなると、伸一さんは、川面に漂う水連だわねー。ノーパンでスカートをたくし上げないと入れないわよ。」「ご主人これも、洒落ですかねー。」「しゃれかと問われてん、『君ん名』ですいのんた。」[沈黙] 「おわかりんならんようでしたが、『君ん名は』は忘却出来ないだけではなく、次ん展開がわからんですいね。菊田一夫さんの罪でしたなあー。」 細やかな祝賀会は、細やかに進んで行った。

「芳江さんにとって、民宿の御主人はどんな花でしたか。」「そうねえー 風の中のタンポポよねー。」[再び沈黙]「ご主人にとってはどうですか。」「好江さんは、エーデルワイスの、又その上で艶然と微笑んでいる、紅牡丹ですいのんたあー。色香が溢れ散って内重なっていますいのう。」伸一と連合会長がニヤリとして、三度目の沈黙になった。「若輩がテントウムシになって、解説を。」「なんという奥ゆかしいしゃれでしょう。もじり、大胆なパロディーですね。与謝蕪村の名句、『牡丹散りて打かさなりぬ二三片』が元です。女性軍から拍手がきた。くねくねママさんが「伸一さんは、私のポピーだわ。」「おい、おい、ご法度だぞ。」ひとしきり、憧れの花に話の花が咲いた。「神戸に一旦帰る時のお見送りは、御法度で御座います。」と伸一が釘を刺しておいた。好き者ん女史に縋りつくような眼差しを投げられては堪らない。

小学校への実物謝礼を、連合会長殿にくれぐれもと頼んでおいて、民宿の女将さんに丁重なお礼を述べ、軽く抱き合って外に出た。伸一は、清書された『小説風』を、さながらリレーのバトンを受け取るかのようにして、手提げに入れ、レフを肩に、サイクルで自転車店まで急ぎ、清算した。漁村の幹線を歩いて抜け、渡船で本土に上がった。振り返らなければよかったんだが、Mの頂を見上げたら、不覚にも目頭をおさえることになった。左手を見ると、頻りに手を振っているスリムが居る。寂寥感を振り払いながら、振り返しておいて、タクシーを呼んだ。

 日頃の行いの御蔭か、今日も鮮やかな晩秋の青空の下で、西に下った山陽本線を神戸に向かうのに、右の窓際を占めて一息つく間もなく、Mの東端と青々とした海洋繊維会社、発酵企業も、鮮明にレフに収める事が出来る。思えば、「未熟な自分を充実させてくれる取材だった。」と伸一は振り返った。「一人では何にも出来んかったなあー」、しみじみと呟いた。

“走馬灯のように”というのはこのことかと、接した男女の顔が次々に浮かぶ。ヒーローであった大物が、現世の人で無かったことが唯一惜しまれるが、自己紹介をして、対話をした気がしてならない。「記者の取材は、どんなアイテムであろうが、そこには必ず誰か、人がいるんだ」と体感した。「人の集団こそ、この世を発展させ、生き抜く価値ある物してくれているんだなとあー」と感得できた。取材活動は、座学では得られない、任意のある人や集団の営みを共有し合う貴重な媒体行為で、記者として成長し、充実することは、とりもなおさず、己の人生だけに留まらず、他のそれをも充足することなんだと、最早他の職には、目移りしないと決心した。後になって、それを粉砕するような人間の一面に遭遇するとは、夢にも思わなかったが、、、。

M島の姿が視界から消えると、下りで見た未知の島々が眼に入ってくる。一島、一島に必ず何かがある。「デスクが、島を取材の修練場所に選んだのは、慧眼であったと言えるかもしれない。」と、恨むのを止めることにした。「手みゃげに買った銘菓、“しほみかん”を皆さん気に入ってくれるとよいが。」

 今後の編集作業の打ち合わせがあるため、駅からNへ直行した。デスクが愛想よく出迎えてくれて疲れを労わってくれた。「体調を壊して、ご心配をおかけしましてすみませんでした。」と謝罪しておいた。追加資料は、「小説風」だけなので、すぐ手渡しておいた。「切り札はこれだな」とニコニコしている。加寿代好き者ん女史のことは、ありていに報告してあるので、全てデスクの裁断待ちである。「俎上の鯉とはこれだ」と泰然とすることに決め込んだ。連載として扱うかどうかは、すでに決定しているはずである。

 接待女史がお茶を入れてくれた。発酵企業での、湯茶無し取材が浮かんだ。原稿に目を通し終えたデスクは、一層ニコニコして、「彼女一人の作品かな」と聞いてきた。「僕も求められればアドバイスらしきことはしましたが。祖父である老人クラブの連合会長殿が、表現上厳格だったようです。構想、展開は彼女一人のものですね。」「ふーむ、大したもんだ。一度会って見たいな。これで4週間に渡る連載は、ある程度読者を引き付けるだろうよ。今日は疲れているだろうから、明日編集会議を持とう。一応定刻に出社したまえ。連載が始まったら一杯やろう。」

 デスクの他に、同僚や関係者達に帰社の挨拶をして、自宅に引き上げた。家族もあれこれ労ってくれた。兄貴が、「伸一、どうだ、やっていけそうか。」と気遣ってくれたが、「うん、掲載されて読者からの反応によってはね。兄ちゃん、パッとせん時は、潔よく退社して、守衛か漁師になるよ。」

「まあ、そう極論に走らんで、『石の上にも三年で、じっくり構えることだな。

加寿代好き者ん女史の「小説風」をデスクが大変高く評価した旨を、益本家へ連絡して熟睡した翌朝は、爽やかな目覚めであった。間髪を入れず、何時ものジョギングコースを走ることにして出かけた。定刻に出社し、今日の業務予定をチェックして、デスクと編集担当の三人で話し合った。会議と名は付くが、大げさな話し合いではない。

[第一回編集会議]

*柱は、掲載の順序、配置の検討である。「小説風」をどう配置するか:要検討:一挙に掲載しないで 二回目から3回連続とする。どこで<つづく>とするかは、(伸一が作者加寿代好き者ん女史へ、電話で区切りを依頼する。)合計八項目を均等配分すれば、一回が二項目の割合となる。
 ・掲載予定の総紙面分量に届かない場合の補足内容の選択決定(伸一)/// オーバーする場合の削除箇所の選択決定(デスク担当)

<業務分担>

1)はしがき(紀行文)伸一作成; 掲載目録と掲載日程を提示すること。枠入り、横書きで(編集担当)
(2):汚染の発生した市の歴史梗概(開作・干拓、塩田、門前町から企業城下町へ等、ネット情報・年代入り(伸一作成)

 ・当地の石器時代、縄文、弥生期等の古墳分布、歴史上の支配者の変遷: 周防国司⇒大内➺長州毛利(維新後の変:門前町―企業城下町)、大きな変動期の舞台にはなっていない。太平洋戦争期の被害等(空爆無し

(3)汚染の被害を直接被った漁民達の住む
Mの歴史(文献への登場年代他:伸一作成)(伝説等一部小説風が含む。外れている部分を補う)・歴史変動期の舞台になっていない。 清盛公による厳島神社の誘致問題(小説風含む
 ・本土の干潟開作・干拓後の
M島の発展(数値で表示すること)(伸一作成)

(4)汚染に直接関与した二つの企業の創立年、当地での設立経緯と、その後の企業活動の変遷、発展。
   ネット情報より」(伸一作成)

(5)漁民代表と汚染企業幹部との補償交渉の経過梗概(一部小説風が含む ・伸一は抜け落ちている部分を
   補う<民宿の主殿の報告より)

(6)取材活動による客観的な資料:

(A)アンケート質問項目 ・項目毎の回答集計数の特徴と具体的な対応策の例示(伸一作成)

    数値表示は円グラフで(編集担当)

(B)増本老人クラブ連合会長記載の、アンケート活動に対する島民反応の記事

(C)三か所での取材内容と、二つの企業の応答(一部小説風が含む)外れている内容を伸一が補足

*顕著だった、汚染企業への住民の根強い不信感への企業側の具体的な対応策の返信を待つ(伸一)

   行政への住民の根強い不信感への行政の対応を待つ(デスク)
  ・重要な役割を果たした人物を主人公にした「小説風」の配置方法が購読のカギとなる。


 伸一は退社後忘れない内に益本へ電話して、伸一の自宅へ電話をくれるように加寿代好き者ん女史へ連絡を  依頼した。連絡を待ち望んでいる風で、直ぐに本人に受話器が渡った。「大したもんだ一度会って見たいな」とのデスクの感想を伝えると、キャースーキャースー大騒ぎとなった。要件に対して、原稿が手元に無いと言うことで、分割箇所を明記して、ハガキか封書で急送すると答えてくれた。成長したらしく、あるいは早くも移り気か「伸一さん、愛してるわよ」が聞こえなくなった。 女心と初冬の入り」だなと悟った。冷え込みが次第に激しくなる。

(D)礼状と督促:取材した二企業とM島漁業組合への、取材に対する誠実な対応へのお礼状の発送と、住民の不信感対応策の当   社への返信の依頼(編集担当とデスク合同で)神戸名物等若干添付するかどうか。

晩酌を控え目にして、益本へ電話で加寿代好き者ん女史に伸一へ電話するようにと連絡を依頼した。

(E)個人の礼状と名物添付(伸一作成)・民宿へ  ・益本家へ

*しばらくして、加寿代実家から電話が来た。短大の卒業課題終了の有無を尋ね、卒業後の進路に関して考えを求めた。「卒業課題は無事に優をもらったわ。四年課程へ編入するかどうか迷ってるんよ。」担当教授は、「本人の自由意志に任す」そうだ。「合格すれば、学費は祖父が補助してくれるんよ。」奨学金ももらえるだろう。弟が大学へ進めば、くねくねさんは、やり繰りが大変だ。くねくねの暇もない。

「福祉関係の国家資格でも取得する気ならば、大学か専門学校だろうが、そうでなければ、北山組合長の孫娘のように、高卒で十分やっていけるぞ。冴えと感性の問題だからね。デスクがね、連載の始まりに合わせて、僕と一杯やろうぜと誘っているんよ。必要単位を取っていて、短大が適当に欠席出来るんなら、神戸で一緒に飲みながら、直接デスクの意見等を聞いて見んかね。」「そうね、お願いして見るわ。」「そうなると、自分の志望を鮮明にしちょかんといけんよ。記者希望なら、アシスタントや嘱託の身分で勤務しながらの制度がNにあれば、来年度の正規採用を受験して見る手があるからね。一人であれこれ思案しちょってん、突破口は開かんよ。一度デスクに相談があるそうですと、明日、伝えるからね。」「お願いするわ。」と電話を切った。
 チビリチビリと手酌で晩酌をしながら、民宿の主殿と益本連合会長殿へのお礼状素案を作成した。夜が冷えるようになったようだ。歳月人を待たずかと老成の俚諺が浮かんだ。礼状に「神戸ビーフ」のすき焼き用を添えることにした。

 ふと、取材をした二つの企業が、企業への不信感に対する対策に関しては、企業側から社の追加対策を送信するまで掲載を待って欲しいと言っていたことを思い出した。取材内容のその部分は行政と合わせて最後部に配置するしかないと、編集会議で伝える必要がある。次回での冒頭に提案するようにメモした。

 翌日、出勤して伸一の担当部分の掲載資料を整理していると、封書の速達が届いた。彼女からである。「小説風」の三分割が、わかり易く記載してある。別添で、その後の生活や気持ちがつづってある。昨日電話で伝えたように、短大は無事卒業課題を合格し、卒業試験での必須科目を取得すれば、無事卒業だとある。四月から働いたり、学習する場所が決定していない。伸一の取材活動に、全力を投入してくれたから当然だろう。伸一にも責任の一端がある。しかし出会う前に、夏、秋の中旬までに、方針を決めておくべきだった。くねくねママさんは例の調子、父親は不在で、担当教授もその才を過信せず、進路の助言をしておくべきだった。伸一の責任は、一度も進路を、その実現可能性で話題に乗せなかったことだろう。「さてどうするか。昨夜の電話通りに、本人がデスクに相談するしかない。」と決めた。

 次回の編集会議は、日程が定まっていなかったので、掲載記事として最終決定するためには、空き時間を利用し、寸暇を惜しんで繰り返し、目を通す必要がある。公開後に読者から指摘されたのでは、社としての怠慢、不名誉。最悪は、多くが気づいてくれながら、指摘せず、あそこはだめねと見放す場合である。プライバシー侵害、事実無根の名誉棄損等は、細心の注意が必要だ。急に電話が一斉に鳴り出した。中規模のイベント中に、人身事故が発生したという。デスクから合図がきた。複数で駆け付けることになった。当然レフは担いでいる。重症や犠牲者が無ければ良いが。パトはすでに到着していた。現場近くの他社はすでに取材中だ。目撃者達へ取材している。先輩格が各メンバーに動線を指示した。要領をしっかり覚えなくてはならない。主催者側にはベテランがあたった。パトもいる。パトで署に行く関係者もいる。事情徴収後の署での取材が必要;頃合いを見てNも派遣する。救急隊に連れられる負傷者等からの聞き取りは後のことである。伸一はイベントに参加して発生を目撃し、幸い無傷でその場に留まっている人達へ取材を開始した。なるべく、年齢、性別を違えた。問題は発問の視点だ。ごちゃごちゃ考えている間に関係者が立ち去ってしまう。思いつくままに発問することにした。瞬間の様子、感じた事、眼に映った人々の動き、原因と思われる事(想像で可:事前の安全点検等に問題がないとは限らない。誘導尋問になり易い。)、手当たり次第に発問した。加寿代がいると助かるなあーと振り返った。やはり貴重、宝石だ

事故取材内容を整理して、朝一の掲載に備え、それぞれをまとめてテスクへ手渡した。先輩格が見出しと事故発生の経緯等を文章化して、間に合うように取り掛かっている。必死の形相だ。署の取材組が帰り着くまでぎりぎりの時間勝負である。集約次第、編集で至急,内容を確認検討して、デスクが確認後にゲラに回すらしい「取材班に確認電話をする場合がある。」と言う。今回の突発は元が人為だから、時刻が対応に有利であったが、天災は時を選ばない。「事件記者、パト、救急の家庭は大変だろうなあ。」と伸一は感じる。彼も先輩格気取りで、脳中で見出し、発生経緯等、負傷者等の数などを含めながら構想を練って見た。数回繰り返した。Nは夕刊を持たないから、翌朝の朝刊で確認すればよい。朝日、毎日、読売等の大手は、支社も夕刊が当然付随している。該当地の陽のある間の事故等は、万難を排してそれに刷り込むはずだ。伸一の仮説だが「好き者ん女史が記者で、しかも有能であれば、女性だからとの、別枠は無い。家事も家庭も犠牲を覚悟しておく必要がある。くねくねさんも加寿代の子ばかりに付いてはおれない。伸一の母も同様だ。産れる子には悲劇だなあ。」とあれこれ想像した。

雑念を捨てて退社後直ちに益本家へ電話して至急電話くれるように依頼した。

ひと風呂浴びて晩酌を控え目にしていると、彼女から架かってきた。本人である。段落分けのお礼を言った。あまり元気が無い。「どうしたんだ。」ときくと、「母と父がもめている。」と言う。離婚騒動らしい。
 「
益本の実家が、すっきり離婚に賛成だから、任せておいて、自分自身の事を考え
なさい。」と伝えた。「ただ、協議離婚を父が拒否するのならば、相手の女ときちんと別れて、田頭から一歩も出ないと誓書を貰えと、祖父母に言いなさい。」と命令した。
 
「卒業後は神戸に来て、弟も大学に行くだろうから、夫婦二人切りにしておきなさい。」と言った。「それで、デスクに会う気かね。」と聞いた。「是非合いたいわ。」と言う。「
本気なんだね。」と確認した。「弟の学資は、奨学金と祖父に任せるか、あるいは弟を、父が丸抱えで引き取るか。」と、「母に言いなさい。」と命令した。「伸一さん愛しているの。」と聞いた。「当り前だろう。」「死ぬほどよ。」と言う。「全くだ。」と答えた。「合ったら直ぐイカセテネ」と、相変わらず好き者ん女史を発揮した。

明くる朝は、早めに出社して、他社の事故取材の発問やりとりに目を通した。見出し等も、伸一の脳中にある内容は、見劣りしない。伸一の分が贔屓眼に映るのか、「斬新感を受けるがどうだろう。」と思った。(文責相島)が付いているから、問題点があればデスクが何か言うかもしれない。

 昨日の突発取材を労い、朝の定例打ち合わせ会後の折を見て、二回目の「編集会議」の日程についてデスクに問い合わせた。「資料が整い次第、始めよう。」との意見である。「自分の担当は一応揃えました。」と伝えて、「実は、短大卒業予定の田頭加寿代さんが、白紙の状態の本人の進路の件で、デスクにお時間を頂いて、相談に乗って貰えると有難いと言っていますが。」と打診した。「何時でもいいぞ。」との回答で、「取材の連載がスタートしてからはどうでしょうか。」と伺った。「そうだな、序に、一杯やるか。」となり、「その日が決まり次第、向こうへ連絡しなさい。」と言ってくれた。これが悲劇の発端になるとは、想像を超えていたと言うよりも、伸一は、人の裏面を知らな過ぎた。

 昨日緊急取材に関係したメンバーが集まり、署での事情徴収後の取材有無を先輩格の記事で確認して入院負傷者に関してはデスクの指示を仰ぐことにした。「お見舞いの気持ち」を込めて取材するのが記者のモラルだとの指示で、救急隊へ電話で、どこの病院へ搬送したかを確認せよとの指示である。伸一を入れて新米が三人で当たることになった。いい勉強になると思う。
 同情した表現に負傷者達は感謝して前向きに応答してくれた。付き添いの家族も同様だった。デスクはさすがだと皆で納得した。帰り着いて、「汚染記事」編集会議の日程を知らされた。
 **行政、企業への不信感の取材応答は最後部・最終回に配置する旨忘れないこと。

 午後に掛けて突発が無ければ良いがと案じながら、取材を整理して、デスクへ三人纏めて提示した。
 寛いで晩酌していると、兄貴が「新聞を読んだが、
取材の視点が、フレッシュでなかなかいいぞ」と褒めてくれた。
 ひと段落ついたところで、加寿代女史にコンタクトして、「何時でも相談に乗るぞ」とのデスクの了解を伝えた。突発事故が発生すれば、女性記者だからとの手加減はなく、大変な仕事であると昨日からのあらましを伝えて、甘い考えを捨てるようにそれとなく示唆しておいた。
田頭家の件は第三者か、家裁が関与しないと決着しそうにないそうだ。神戸に益本か、田頭の縁続きはいるかに対して無の回答であった。相談で「来神」する際はビジネスに泊まるしかなさそうだ。

 第二回の編集会議は、補足内容を確認後に,検討を進めた。「小説風」が区切りよく三分割されているので、二回、三回は冒頭配置で、客観資料の誘い水になるかどうかの判断に迷うが、やって見るしかない。「読者の反応次第で、シリーズ最終の、行政、企業に対する不信感への対応は、一般に関心も高いだろうから、小説風」を最後に配置して〆としてはどうでしょうか。」と伸一が提案した。シリーズ開始日は、編集とデスクの仕事で、 伸一の役目はこれで終わりである。 「二日後に連載開始」の連絡が届いた。午後、デスクに加寿代女史の進路相談の件を打診した。[二日後の夕刻に会う。」と解答を得た。

 駅前で信頼のおけるビジネスに二泊3日シングルを予約した。二日目は午前中にNを来訪しておく方が良いかもしれない。午後は市内見物を少しするのも良い。
 
 四月から嘱託か、アシスタントの仕事の見込みが大であれば、弟は神戸市内の大学受験も可能である。親の離婚騒動とは無関係に、進学しないことには将来への収まりがつかないだろう。神戸大学は戦前の帝大系ではないが、経済界の評価は肩を並べ、難関校である。私学では関西学院も上品で名門に入る。
 晩酌前に加寿代女史に日程、宿泊を連絡した。例の騒動は離婚で決着に向かっているという。弟の扱いはどうなるか。当面の養育費も懸案であろう。二児まで設け、養育しながら、恋愛の終点が離婚とは、世間の常識、
恋愛と結婚の別物」論、「恋は盲目」論は真実を突いている。「好きだから、愛しているから」を「創造的な活動」へ具現化して存続させる「純粋な情熱」のような何かが必要なのであろう。それが尽きる時が終末となる。口を開ければ必ず口論、いがみ合いに終焉。創造ではなく破局である。伸一は、このような屁理屈をこねている間に眠りにおち
た。

 連載開始の前日、朝から伸一の気分は落ち着かなかったが、臍下丹田に力を入れ、肩の力を抜いて、次々と雑念を払いながら、新たな業務を確実にこなすことに集中した。又、「具体的に、あるいは直接関与する案件や事案だけに縛られていては、記者の力量を大きくすることには役立たないで、視野は広がらないし、視座や発想は固定化、マンネリ化に傾く。柔軟、斬新な発想は浮かばない。寸暇を惜しんで、情報に接し、感性を研ぐことだ。」と伸一は考える。「学生時代に中途していた専門的な分野を深める努力も必要だ。」と振り返った。
 「順調に運んで、4月から加寿代女史が近くにいても、現を抜かすことは出来ない。彼女にも同様のことが当てはまるぞ。」と警告しておかなくてはいけない。
」と本気である。
 明日の記事を楽しみに、帰宅後直ちに加寿代女史へ連絡して、「ビジネスの玄関で5時半に落合って、会場に案内するよ。短大の制服があれば、必ず制服で来なさい
。茶髪は厳禁で、互いの呼称は「伸一さん」、「加寿代さん」として苗字は使わないことにしょう。デスクの苗字は「藤原」、「親の離婚騒動」は一切口にしないこと。どこにどうなるかの最終決定は、四月中旬あるいは押し詰まった月末もあり得るから、腰を据えて相談することだねと念を押した。「急いては事を仕損じる」も名言の一つだ。

 運命的となる朝が明けた。伸一は雨男では無いらしく、瀬戸内での取材中もそうであったが、今日も晴れの一日として明けてくれた。自分の意思による文章が、初めて多数の人々の目に触れる記念すべき日である。思わず日柄に目が走った。「友引・たいら」とある。「片意地張らない、謙虚謙遜だ。」と言い聞かせて社へ向かった。
 暫くして、取材した企業への、社からの取材お礼に関して、販売関係に、相談を持ち掛けた。「三箇所取材してね、それぞれから、『記事になったら読ませて下さい。』」と頼まれたんですよ。神戸から遠く離れた土地ですからね。自分の拙文を一筆添えますが、シリーズの一回毎か、4回分一括最終回か、検討して欲しいんですよ。」「分かりました。最後に纏めて送るでしょう。」「有難う。」
 謝礼文一筆認めて置くことを忘れずにと頭に叩き込んだ。

個人として世話になった民宿と益本家には、伸一が私費で毎回送る事にしている。早速二部求めて発送準備をした。 藤原デスクにはホットラインで、記事関連複数モニターから、内容等に関する評価、注文が届くようになっているそうだ。午前一杯には、何らかの反応が聴けるかもしれないが、初回だから、無いと思っていてよい。
 幸い、今日は突発も無く退社時間と共に、伸一はJR神戸駅前のビジネスへ急いだ。加寿代好き者ん女史と出会い、『久しぶりねー』が同時に出た。伸一が島を去る日、M島と本土の海溝を隔てて、頻りに手を振っていた姿が昨日のように、その時の寂寥感を連れて蘇った。彼女は指示通り、スーツ制服と黒髪の清楚な出立ちで出現した。藤原デスクを待たせるのは一番まずいからね。」と、和食ノ弥生へ直進した。デスクが気を遣われて神戸駅の近くである。「両親の離婚と、二人の中以外は、ざっくばらんに話題にしてよいぞ。」と言っておいた。店に入ると「お二階へどうぞ。」と、階段を登った。驚いたことに、藤原デスクはもう一服されていた。まさに、電光石火である。遅れを詫びて、指示のままに着席し、定石通り、伸一がデスクに向かって、「こちらが、あの田頭加寿代さんです。どうかよろしくお願いします。」と紹介した。加寿代が空かさず、深々と頭を下げて、「田頭で御座います。ご面倒をお掛けして申し訳ございません。どうぞよろしくお願い致します。」と言った。加寿代が背筋を伸ばしたところで、「此方のお方が、僕が何時もご指導頂き、お世話になっている、N藤原幸之進デスクです。」と紹介した。

「やー、初めまして、藤原です。よく思い切って出てこられましたねえー。お手柔らかにお願いしますよ。」伸一は同じ言葉を、発酵企業の取材で聴いたことを思い出し、「スリム美形はどこでも同じだな。」と不思議に感じた。「さあー、どうぞ、膝を崩して楽にして下さい。」と、デスクが発して自ら胡坐をかいた。

「田頭さん、相島君の取材活動に全面的にご協力いただいて本当に有難う。お陰様で、取材記事も他社が羨むような内容になりました。アンケートの発問の視点もセンスに溢れています。貴重な感性ですね。彼から紹介がありましたが、ご卒業後の進路が未定で、ハムレットのご心境だそうですが。まだまだ、御若いということで、羨ましいですねえー。」
「すみません、ハムレットのように、一か八かの命がけならばよかったんでしょうが、のんびりし過ぎて、うっかりしていました。怠慢で、自業自得です。福祉関係の国家資格を取得しようとの気が湧かないもんですから、ついつい、大学への編入や専門学校が遠のきました。才も無いのに、新聞記者が憧れです。伸一さんが取材された
Mの、北山太一郎漁業組合長のお孫さんが、小さい時の同級生で、都立の高卒で活躍しているもんですから、嫉妬とライバル意識ばかり盛んで、中身はありません。」
 「正直なとこ、加寿代さんに頼り切って、有能な女性をうかりさせてしまったことは、僕の責任だと大反省をしています。藤原デスクに御助言頂くしかないと結論してしまい、ほんとうにご迷惑をお掛けします。」
「そうだなー、君の責任となると、島の取材を命じた僕にもその四、五端はあるねえー。それでね、田頭さん、短大の卒業式は何時ですか。それ以前から、“実習”との名目で、内定している企業等での勤務は可能なんでしょう。」「はい、卒業試験の必修単位を取得すれば、その時点からオーケーが出ます。」「それで行きましょう。うら若い有能な美女が悶々として、青春を浪費されることは「ゴンドラの唄」に背き、ハムレットよりも先に逝った純真な『オフィーリア』が激怒しかねませんね。

 こうなると目先の蝿を一匹ずつ払い除けましょう。当面、卒業試験終了後直ちに来神されて、わが社も神戸市内に大小幾つかの支社を抱えていますから、記者の補充が必要な社もあるし、専属アシスタントの要るところもあるし、レフが使いこなせれば、レフ担当兼筆記助手でも稼いでもらいましょうかね。そして「伸一さん」が行き詰った時の助言者として、彼からたっぷり巻き上げ吸い取る、これでどうですか、田頭さん。」「有難うございます。何事も修行だと思って、夢の実現まで頑張り抜きます。ほんとうに有難う御座います。」彼女が伸一の方を見た。伸一は、」「良かったね、良かったね」と何度も頷いて、デスクに深々と頭を下げて、心の籠ったお礼を述べて、感動したらしく目頭を拭った。彼の長所と短所である。

「仕事場所と、開始の決まり次第、相島君を通じて田頭さんへ連絡しましょう。相島君、これで落ち着いて社に没頭出来るなあー。」「どうも、デスクは、お見通しでしたか。まいりました。」「それでは、乾杯を兼ねて手締めとして始めましょう。」

 料理がすぐに整った。直ぐにビールを満たした。「麗しき田頭加寿代女史の目先が決まり、伸一記者の処女掲載に好評の兆しの無きにしも有らずで、三人の今後の健康と活躍を祈念して乾杯―! 有難う。」「ここが神戸だと忘れないでちびちびと田頭女史殿」「気にせんで、遠慮せずにどんどんやりなさい。酔っぱらったら、不肖、藤原幸之進が介抱してあげよう。魚はMにはかなわんかもしれんけどね。あまり酔わない内に、二人に伝えておかないといけん事があるんでね。実はね、加寿代さんの小説風の文体は、貴方のおじいちゃん、益本喜輔さんのご指導だとお聞きしました。又、彼がお書きなった島の人達の感想、感動の記事を何度も拝読させて頂いて、浮かんだ事なんですよ。まあ、そう硬くならんで、摘まみながら、飲みながら聞いて下さい。

 言論・表現の自由とそれに付随されるべきその良心の件で、彼が一家言あるお方で、しかも教育現場で戦前戦後に跨り、終始一貫
実践して来られたと風聞でお聞きしています。もうひと方、民宿の御主人の釣果で、ちびちびとやりながら、そん『
君ん名ですいのんた』節ユーモアをお聞きしたいと強く願っているところでね。清盛公が自ら視察したというMも見上げて見たいしね。要点は、益本さんのお元気な間に、こなれて、肩の凝らない随想風の連載をお願いすることです。これは他社も思い付かないだろうよ。相島君どう思うね。」
 「デスク、絶妙の発想だと思います。感動しました。『
早ければ、早い程』じゃないでしょうか。それが契機となって他社も言論、表現、出版、放送等の自由の維持存続の重要性を再認識すると思います。益本喜輔翁には、僕が記者として合格し、活動中に何か必要があれば、加寿代女史を通じて連絡するから、その節は協力して下さいと頼んであります。ご在宅でのご執筆であれば、奥方も賛成されることでしょう。きっと言論界が瞠目ですね。」

「やはり、なんでも口ん出して意見を聞かんといかんねえー。有難う。ああ、そうそう、君の今日の紀行文書き出しに、熱烈なフアンが複数誕生したよ。自信を持ちなさい。不肖、藤原幸之進デスク命で、『相島伸一殿、N紙記者活動権、現世来世永続の授与式です。』どんどんやり給え。今宵は三重の祝いになったねえー。」「ありがとう御座います。」「伸一さん、よかったですね。おめでとうございます。」加寿代が祝してくれた。

彼女がくすくすしているから、「どうかしたん」と聞くと、「M立岩稲荷の祭神は、「立岩幸之進」といい、デスクと同じ名前だ」と言う。箸がこけても可笑しい年で、羨ましい年代なのだ。
「益本連合会長殿は信念をもって、長い教職をひら教員で全うされましたから、それなりの手応えがあります。加寿代女史の案内でしょうが、奥方を説得して下さい。まさに、馬と将です。御二人がかりならば陥落できます。連合会長殿の出番も頂いて本当に良かった。美徳才徳だなあー。デスク、有難う御座います。我が家に少し遅れる旨電話を入れておきます。」ついでにトイレを済ませ、民宿の主殿の最後の忠告は受け入れることにした。「歓迎宴会で遅れ、夕食は不要だから」と連絡して、座に戻った。雰囲気に大きく変わった点は感じ無かった。直前まで二人が会話を交えていた風でも無いが、先入観無しに、足音を聞いて、加寿代が、急いで居住まいを正した気配はあった。気にしないことにしたが、内心、「彼女は伸一を意識して、何時もの習慣でノーパンではないか。」と疑った。

「電話が手間取り、すみません」と言いながら座について、「相島君まあ、やり給え。」と、デスクの杯を頂き、恭しく返杯した。「デスクの直接原稿依頼出張は、何時を予定しておられますか。」と話題にすると、「今まで加寿代さんと、その件を打ち合わせていたんだよ。明日S部長にお伺いを立てて、出向いてこいとなれば、すぐにも出掛けるよ。」「そん時は、民宿に僕ん方から連絡しましょうか。」「それがね、伸一君、加寿代さんの話では、気の利いたしゃれが種切れん時もあるそうだから、本土の宿がましではないだろうかとの意見でね。」 「そういえば、僕が滞在した初日は、冷凍の送り物でしたからねえー、『ウエーン』でしたよ。本土の老舗割烹がデスクの貫録相応でしょう。維新の志士が出入りしたブランドもあるはずです。 そん代わり、益本ご夫妻を必ず射落とされることをお祈りしております。」「加寿代さん、さあーやりなさい。二人の責任が重くなりまたねえー。」「幸之進大明神様が頼りですわ。」「いやいや僕こそ、美形孫娘の貴方を頼りにしていますよ。伸一君、切り札は何だろうかねえー。」「それでは渋いところで、『まじないに架かったあの新米記者が、今上のお願いだと、土下座をして頼んでいる』と口説いて見て下さい。明日、明後日には、今日のシリーズ一回目が郵送で届くはずです。N全体のレベル、購読層が把握出来るでしょうから。」「いや、有難う。さすがだねー。僕の眼鏡に狂いはなかった。読みが深いなー。俄かに忙しくなってきたぞ。自分で蒔いた種だけどね。僕は明日一番に出社して、俄か出張の起案書を書いてS部長に提出し、同時に加寿代さんの不定期・不定所任用の件も了解を貰わないといけない。」「幸之進様、私のためにご迷惑をお掛けして申し訳ありません。何時か必ず、この償いをさせて頂きますわ。「まあまあ、そう恩義に感じることはないよ。それではお先に失礼するよ。ゆっくりしなさい。経費は社で落とすからね。心配しなくてよい。伸一君、じゃ明日。加寿代さん明日は社を見学されますか。」「はい、そのつもりでいます。」伸一はさっと立ち上がって、下までデスクを見送った。「彼女とは何でも無いんかな。」彼が囁いた。伸一は場所柄黙していたが、それを聞いて、「成り行きにまかせよう。」と、何故か突然、彼の男の美学が湧いてしまった。「しかし、それではたして、彼女が幸せになるのかな。ハムレットの心境に陥った。「一方はDNAの発展家、一方は女癖の噂もある。じっくり考える。」と決めた。

 
二階へ戻ると、加寿代好き者ん女史が腰休めで、スカートをたくして胡坐をかいていた。やはり予測どおりだった。「気疲れしたんじゃろう。目鼻が付いて良かったな。こうなったら、石にかじりついてでも正規の記者を目指してやり抜くことだね。」「伸一さんの御蔭だわよ。」「不定期だけど、在神中の住まいは社が斡旋してくれるはずだからね。兎に角よかった。芳江ママは当然籍を抜いて益本に帰るよね。今後の苗字はどうする気かね。」「伸一さんはどう思う。」「そうだね、うんー、慣れ親しんだ田頭がましかな。」「私もそうするわ。田頭加寿代で愛してね。死ぬまでよ。『ええー、新婦田頭加寿代さんは、才色兼備の純情可憐、心優しい~で、新郎~君は、新進気鋭の~で相思相愛、真に三国一のカップルとは、このお二人を除いて他に御座いません。
 バージンロードを連れて歩くのは、益本喜輔翁よね。』明日は予定があるの。明日は思い切りいかせてね。」
「その後今まで、ここに僕の指以外が触ろうとしたり、入り込もうとした物とかがあるの?」「ばかね、あるはずがないでしよう。貴方は?」「無いよ。」

火の無い所に煙~だから、一応負の噂があるからね。妻子のある藤原幸之進デスクは、陰湿な女癖もあるそうだよ。」「まあー、見かけによらないのね。大胆に誘惑しようかなー。」「身の破滅覚悟でね。」「ちょっと舐めて指入れてから此処を出ましょうよ。」伸一は誘いどおりに行動して、引き上げる事にした。ガード役でビジネスまで戻り、「商談でちょっと。」と言って、自販で飲み物を仕入れてシングルに二人で入った。
 加寿代がDNAを発揮して、いきなり全裸になった。伸一も久しぶりにヌードに付き合った。「伸一さんの傍におりながら、明日迄待つなんて残酷な拷問よ。」と積極的に迫って来る。彼女のリードに全て任せた。あわやの間一髪で、外に勢いよく放出出来たが、合性よく同時であった。

暫くして、「デスク直々の執筆依頼では、くれぐれも、本土の老舗には一緒に宿泊しないように」と伝えた。「祖父の家を避けるのは、老夫婦を落胆させるばかりでなく、心配もかける。妻子持ちでおいそれと一緒にはなれないんだから、デスクに節操の無い、低級な女だと見くびられる。まだ若いけれど、凛としたところを見せておかなくてはだめだよ」と老成した助言であった。理由は、「せっかくの才質と頭脳を都合よく雑に利用されるだけだからね。明日S部長が渋った場合は、デスクが丁重な一筆をしたためて、君がそれを預かり、『僕の土下座付き伝言』で、老夫婦を説得すれば、在宅だから、必ず引き受けられるよ。

 先ほどはデスクにそれを提案しようかと思ったんだけどね。どうも目的の柱が、『君との邪なり同伴にある。』と直感したから、様子を見ようと控えていたんだよ。僕の嫉妬かな。S部長が反対の場合は、すかさず、今の案をデスクに君が提案しなさいよ。「任せておけっ!」てね。了解した? じゃあ、ゆっくり休みなさい。」 
 家に帰ると兄貴がまだ起きていて、「
記事が評判だぞ。」と、ニコニコと労ってくれた。加寿代に会えて熟睡できそうだ。                                                   
                                        
<つづく>




 親愛なる読者の皆様へ

 以後はしばらく、『 』を軸にして進みます。引き続きご愛読よろしくお願い致します。
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 神戸Nの不定期雇用、加寿代好き者ん女史と、幸之進様デスクは、「善は急げ」の諺どおり、短大関係で加寿代が一旦郷里へ引き上げる時に、益本喜輔連合会長夫妻に会って、「言論の自由と良心」の随想風シリーズの在宅執筆を依頼し、相島伸一記者の「切り札セリフ」が功を奏して、見事実現した。二人は本土の老舗で共に喜び合いながら、高級料理を味わったが、デスクの必死の引き留めを振り切り、加寿代は伸一の助言通り、益本家に宿泊した。翌朝デスクは、加寿代攻略の陰湿な戦略を練りながらも、意気揚々と神戸に帰社して、S部長に成果を報告し、得々として平常勤務に入った。

 加寿代は無事卒業単位を取得して、単身神戸に向かい、藤原デスクと再会した。彼から勤務場所と任務を割り振られて初船出となった。当然、S部長の了解の元である。事ある毎に、藤原デスクが加寿代に甘い誘いを掛けた。彼女はそれぞれに、筋の通った断りをしながら、彼女自身もついに、彼の負の面の噂は事実なのだと、はっきり認めるところとなった。

生来の陰湿性を発揮して、デスクは彼女が自分を潔く受け入れない理由を、伸一の存在に帰して、謂れのない逆鱗に触れる持ち前の、激しく暗い嫉妬を伸一に抱いた。遂に、Nへの彼の功績も忘れてしまい、はしたなくもS部長を説得し、時ならぬ時に、伸一を港区のN紙東京支社に左遷した。どんな角度から見ても、彼が港区支社に赴く必然性は何処にも存在しなかった。受け入れる支社側も同様であった。この時、加寿代が、DNAを発揮したのかどうかは、定かではないが、眉一つ動かさなかった。まるで呪いに架かったかのように、二人の間には、何故か、離別に当たっての、心身の激しい接触が皆無であった。

 伸一は振り出しに戻り港区で、初心者然として細々と取材活動を始めた。そういう時に、皇室の慶事で女性週刊誌の取材陣と鉢合わせをして、彼の軽い訛りからM漁業組合長故北山太一郎氏の孫娘、北山玲子と知り合った。祖父である太一郎組合長の働き、人柄を通じて二人は意気投合した。北山玲子は、M取材の時に伸一が耳にした、北山組合長の、癌で夭折したとされる貞淑で教養のある妻のDNAを受け継ぎ、清楚でしっとりとした気品があって、どことなく奥ゆかしさを印象付ける物腰であった。加寿代と二人並べれば、多くが、多情美形で色香零れる加寿代に、圧倒的多数が軍配を挙げるだろう。身長はどちらもほぼ同じで平均的日本女性である。

皇室慶事の取材で、伸一の発問と皇太子殿下の当意即妙な応答が全国的に笑いを呼んだ:

港区Nの相島です。「殿下、こん度は、本当におめでとうござあます。いつも、“こればかりは、こうのとりさんの御意向次第で”とおしゃっておられましたが、今回えのお目出度で、コウノトリさんは殿下にどんな合図を出しましたか?」「なかなか鋭いご質問ですね。二三羽が飛び交いながらおぎゃー、おぎゃーおぎゃあーと澄み切った鳴き声でした。」取材会場がどっと沸いた。  

やがて、北山玲子の紹介で、伸一はNをを退社して、女性週刊誌の正規社員として採用される。電車で、ぱらりぱらりのめくり読みをされ、男性がつり革から除き読みをするページ、写真も、いざ編集を検討して取材執筆となれば、並大抵のことでは無い。地方紙の記者の方がはるかに楽であろう。伸一は考える。「守衛」か、「漁師」か、雑誌記者かの[三者択一]どれ一つをとってもいばらの道のようだ。

 [その後、田頭一家は分解した。くねくねママは弟を連れて実家の益本家に引き取られて一件は落着した。弟は、姉の居る神戸の大学を受験目標にして、願書をあれこれ取り寄せたが、夢は実現しなかった。加寿代女史が短大卒業後の詳細は、民宿のご夫妻さえも風聞でしかご存知なかった。]
 そうこうする内に、「N紙神戸本社は、経営が傾き始めているぞ」と、兄貴から届いたのは、雑誌記者として軌道に乗ったころであった。「原因は内部にあるとの風評だ。」とも届いた。「関西言論界に期待されて登場した『言論の自由と良心』」は二回で途絶えるそうだ。お気の毒に執筆者が、高血圧になられた。」と兄が伝えた。
 N紙本社の負の情報に、伸一は直感的に、経営悪化は幸之進デスクが原因の一端だと踏んだ。各支社が、やり繰り算段、命がけの独立採算で維持している時に、本社がぐらつくとは横領等の悪質な不正が絡んでいるはずだと信じる。執筆中断は、くねくね母親と浪人中のぐうたら息子が原因だろうと踏む。しっかりしておれば、父親が養育を引き受けたはずだ。

 
週刊誌記者北山玲子は一人娘で、両親は出来れば養子縁組が希望だと打ち明けた。伸一は一度二人で、Mに出向き、東の漁村を歩いて、彼女の従妹などと歓談しないかと誘った。玲子は「いいわねー、久しぶりだから、おじいちゃん達のお墓参りもしたいわ。」と乗り気であった。伸一の宿泊は例の民宿にしよう。主御夫妻が怪訝な歓迎をするだろう。

 伸一と陰のアシスタント加寿代が取材した、『海洋汚染』のシリーズ、第二段からは「小説風」の登場で大ブームを引き起こした。あれよ、あれよという間に、増刷を重ね続けた。従って広告も高値で要求できる。何故、経営不振なのか。怪訝に思った、藤原デスク直属の上司であるS部長が徹底して精査した。その結果、一片の情状酌量の余地も無い、徹底糾弾されるべき女癖に端を発する「幸之進様デスク」の背任的な横領が主原因だと判明した。デスクは即刻免職され、刑事、民事の同時訴訟に起訴された。妻子はすぐさま家裁を通じて籍を離れた。「幸之進様デスク」は、晴れてシングルとなられた。横領金が大きく返済不能と判明して、実刑判決は免れないとの世評である。横領の引き金になった背景は、社の高度な道義的視点の判断で、非公表とされた。マスコミもそれを了解した。経営立て直しのために、N紙神戸本社史上、空前の大規模リストラを実施して、あわや社会問題になり兼ねなかった。ただ、そこまで横領額が膨らむ前に、社内経理の自浄能力は何故正常に機動しなかったのかも、社会的に糾弾されるべき大きな問題である。再建の青写真を作成次第、直ちに社長以下経営陣の総入れ替えも株主総会の全会一致で可決された。

 経営陣は、N紙ブームを引き起こした、相島伸一:田頭加寿代路線を、再建への一つの契機にしようと、無能ぶりを発揮した鄙びたプランを持ち出した。相島伸一記者は、被疑者の歪んだ嫉妬のごり押しで強引に左遷され、すでにN社を退職して、女性週刊誌の記者である。
 一方の田頭加寿代は、被疑者の裁量で、短大卒業と同時に臨時的任用に預かった恩義を、
 その背後には歪な女癖の蠢きがあったのだと冷静に振り返ることもなく、強く高く感じて、美形好き者ん女史の美学を発揮し、『
無事刑期を終えらることを、ひたすらお祈りしておりますわ。』と浪花節を呻った。これをある週刊誌が嗅ぎつけて、尾鰭を付けて煽り立てるように公開し、日本中が、吉良の仁吉の女性版として、恩義、仁義に時代も男女も無縁だと、売れに売れた。

 伸一は持ち前の優しさから、加寿代の筋の通りにくい、この
「ヒステリック気味な」タンカを知り、彼女に対する自分の優柔不断が引き起こした人為的な悲劇だと見なす。大きな負い目を感じてしまい、強い憐憫の情に苛まれて、浮かぬ日々を過ごすことになった。機会が巡れば、手段を講じて、彼女をN本社の正規雇用に推挙しなくてはと決めた。

経営陣は再建策で行き詰った。伸一の不可解な左遷に反対したS部長が、社長の快諾を得て、相島に会い、恥を忍んで、知恵を拝借することにした。港区支社を通じて勤務場所で彼に面会する。
 伸一がまず発したのは、「退職は致しましたが、拾い上げて頂き大変お世話になり、記者として一から育て上げて頂いたN紙本社ですから、全力で当たります。」と、『馬鹿じゃないのか?』程の優しさを発揮した。

『「ハード面」と「ソフト面」に二分して、同時進行でプランを練ることです。「ハード面」は公認会計士等のプロの分野ですし、社内にもその分野の部署がありますよね。まずそこを一致団結させることです。そして目標を段階的に踏んで鮮明にします。手段として社債を発行する等は、彼らの分野でしょう。当面の運用のためには銀行との折衝もその分野ですよね。これらはすでに機動しているでしょうが、読者、市場、一般世論はその分野の立て直しに注目しています。従って一日も早くその面の再建策、それを広く公開しなくてはなりません。少し遅いですよ。今回の幸い点は、本社の不祥事で直接、経済的、精神的ダメージを受けた第三者、外部の人達が存在しない点です。訴訟問題発生の心配がなく、落ち着いて事に当たることが可能です。

「ソフト面」で、この事件で気に架かる点は、Nに対する読者、一般のイメージがどう変化したかですね。またどのような再建を望んでいるかですね。そのほかにも幾つかあるでしょう。それらは、各支社を通じてもそれなりに可能ですが、この点に関しては、田頭君の得意分野になります。早急にコンタクトして、社に呼び戻し、彼女の指示を仰ぐべきでしょう。発覚までに予定していた取材活動は当然継続していますよね。それらの漏れの有無をチェックして断絶させないことです。新たに追加すべき対象もありますからね。藤原デスクの代理はどなただったんですか。副デスクのことです。自分にも責任がとして退職等されてはいませんよね。彼を過信して、まさか空席だった訳ではないでしょう。その方にその方面の総指揮を取ってもらわないといけません。アンケート調査等もデスクの分野ですね。背任横領の罪は大きいなあー。結局彼の女癖だったんでしょう。別れた女への手切れ金や、女からの脅迫だったんですね。想像がつきますが。」

「相島君、その件は固くチャックだよ、頼むよ。」「合点、招致の助です。部長、田頭君がどうしても必要ですね。彼女の親元へ電話して、部長へ至急連絡するように伝えましょうか。」「すまんね、頼むは。」「部長、別件ですが、彼女に負けず劣らず頭が切れて、同等の才質を備えている女性が、この雑誌社にいるんですよ。実は田頭君と小学校が同級で、ライバル関係なんですが。二人の共同がうまく行くかどうかは疑問です。社に交渉して彼女を借りますか。女性記者が結構いますから大丈夫でしょう。「同病相哀れむ」と言えばお叱りを受けますが、武士は相見互いもありますからね。北山玲子という記者です。田頭君が例の気負った発言でマスコミの注目を集めて動きずらい時は、北山玲子一人でもやっていけますよ。」「相島君、その北山はどこかで見た名前だね。」「さすがは、部長ですね。田頭君の大好評、「小説風」の中でしょう。」「そうだね。」「あの漁業組合長の孫娘さんです。

「何だって、世の中は狭いね。驚いたなー。すぐ社長に電話して、君の雑誌社との人材賃貸交渉の許可をもらわんといかん。」「部長、落ち着いて下さい。田頭君自身の気が高ぶっていて又、仁吉並みの浪曲的義侠心を発揮して助成活動を始めると、マスコミが注目して取材に入ります。彼女の浪花節と才能の株は上がりますが、下手をするとN社の面目に関わりますよ。有能な人材を見境なくリストラする企業だ。背任行為が発生するのも当然の帰結だとなりますね。これは一か八かの賭けですね。そこを覚悟してかからないといけませんね。
 ついでに、断ってのお願いですが、今回の件で僕の名前は決して口にしなでください。勿論N紙本社に顔出しもしません。すべて電話でやりとりさせて下さい。田頭君とは当然一切接触しません。」「そうなるとまず、北山玲子さんを主に考えることだね。」「田頭君にコンタクトを迫る必要が発生した場合はと、連絡先の電話番号をお控え下さい。必ず副デスクか部長ご自身で。彼女の祖父の家です。彼女の母が出る場合もあります。

それでですね、白紙で折衝されて、若し、本人が引き受けた時、その処遇をどうされますか。思い切って正規採用にした場合に、背任横領の実刑判決で服役中の人物をひたすら待っている女性が、正社員で活動していること、本人達にとっては美談ですがN紙本社として別段違和感が無ければ、正規採用が将来のためになるでしょう。田頭君自身と、横領犯藤原元デスクの、罪の無い生まれるかもしれない子供の生活の保障ですね。」
「ふーむ、それがあるのかあー。」最初から正規採用にするからという条件はまずいですね。彼女も受けないでしょう。『
言論の自由~』を依頼した人の孫娘ですから、プライドを持っています。それでは直ぐに社の電話を借りて、それぞれに一応連絡を取りましょう。部長は、明日は必ず社ですよね。念を押しますけど、アンケート調査関係は、「ハード面」の青写真を公表してからですよ。」S部長は急遽折り返し神戸に引き上げた。

伸一は、北山玲子が取材から帰社次第、N紙の件を伝えて、「社が認めれば手助けをしてくれないかな。」と持ち掛けて見た。「理由も定かでないまんま、遠くへ左遷しちょってょえね、困った時ん、知恵を貸してくれんかあと、抜け抜け頼みにくるんだから、そん鉄面皮は日本広しといえどん滑稽中の滑稽だね。普通なら、どん面下げてよーと、追い返すとこだなー。」
「でん、左遷のお陰さんで、伸一さん、ねえー、うち貴方と知り合えたんよ。世ん中って予測不能なんね。だから小説が産れて、「事実あー小説よりん奇なりなんかしらねえー。
M小学校で一時期同級生だった田頭加寿代さんほどん、度胸も、義侠心ん持ち合わせちょらんけど、「うちん、義を見てせざるは、勇無きなり」ぐらん、何とかなるかんよ。田頭さんは、向かう所敵無しん美人になられたことでしょうね。あん背任横領のお方お幸せね。うちん、何となくあん義侠心、違和感残るんだけど。それで伸一さん、何時から取り掛かるんね。」「僕ん案だけど、経営再建んハード面、社債発行、借入等の青写真を経営陣が公表した時点でね。購読者や住民の方達の社に対するイメージとか、期待、要望とか、そんほかね。『それを参考にして「ソフト面」ん充実等を図りなさい。』が僕ん助言よ。詰まらんけどね。」

「そんなことないわよ。要するに、読者の方々ん感情、期待などを探り当てればえんでしょう。考えてみるわ。」「僕の貧弱な案に囚われんで、遠慮なく、君独自の大胆不敵な発想お願いしたいんだよね。」「小心細細ならお任せです。N本社ん顔を出さんで、やりとりね。そこん支社へ原稿を運べば、後は本社へ届くんでしょう。編集長をじっくり説得ね。S部長殿は大丈夫かしら。ダメん時の頼りは、伸一さんの例ん一喝神通力ね。『こうのとりさんも』すごかったわね。皇太子殿下ん結構茶目っ気の人なんね。日頃んストレスかしら。

「要点は徹底して標準語でね。あんね、生意気な事言っていい。理由の定かでない左遷はありえないわよ
必ず何んかがあるはずよ。

・貴方が業務上の酷い失敗をしたか。免職、依願退職程ではないというので左遷ね。それでも、時ならぬ時かなあー。
・貴方の記者としての能力、手腕、熱意などへの妬みで、不特定の同僚か、先輩が、ある事ないことをねつ造し、複数の上司へ告げ口ね。これが単数では無かった。まあまあ、聴いてよ。

・次は恋のさや当てね。そんな女性がN紙本社には存在するのね。焼けちゃうわ。その恋の成就に、ライバルへの嫉妬が絡んで貴方の存在がものすごく邪魔だったのね。それで今言ったような事実無根の告げ口が飛び交ったのね。まあまあ落ち着いてよ。これは互いの立場が同レベルの場合いよ。立場に上下があれば、『告げ口鳥』も羽を閉じたまんまで、貴方は文句無しに、定期異動を無視した時ならぬ時に、おいそれと、その女性の眼の届かない遠い遠い場所へ左遷ね。そんな実権を握っている人物の陰湿な仕業よ。まあまあ、落ち着いて。」

伸一は、立ち上がって玲子を抱き上げて、初めて強く愛を込めて抱きしめて、じっとしていた。

玲子の鼓動が激しく伝わって来た。しばらくそのままでいて、彼女を開放して、耳元でそっと囁いた。「作家を目指して猛進して下さい。僕が全力で支えます。必ず作家にしますよ。有難う。有難う。全ての謎が解けました。目から鱗です。どうして気づかんかったんかなあ!自分が悔しいなー。年甲斐もなく情けないことだ。詳細は聞かないで下さい。もう過去の事ですからね。よく冷静に分析してくれましたね。これで、ある時点からN社で感じていた「空気」と言動等への怪訝さに関して、氷雪が溶解するように視界が鮮明になってきましたよ。

北山太一郎さんの、あの、『冷静沈着、分析力、度胸、論理力、人身掌握力』、どれを取り上げても憧れの的ですね。男性の高値の花だなあー。男の高値の花を知っていますか。」「エーデルワイスではないですよね。伸一さん、まだ追加がありますよ。お金が足りん時はうちに言って下さいね。うちが何とかしますね。首が飛んでん、人のお金に手を付けないで下さいね。うちは刑期満了まで、どんなに短くても待てませんからね。仮釈放が限界ね。そのころ誰かが私に言い寄ってきたら、すぐさま陥落します。お金は、太一郎おじいちゃんが、『カリブ海にこっそり沈めた財宝箱』を引き上げますからね。これでどう。」大笑いをして、「文句なしです。新人賞に少し近づきましたね。現実味に乏しい奇想天外が最近の芥川賞のようで、どんどんエスカレートしているようだけど、奇想天外ばかりが小説では無いと思いますよ。」と伸一が締めくくった。

 玲子の冷徹な頭脳の分析のお陰で、相島伸一は、左遷後初めて、「Nとは絶縁する。」と決断した。「玲子さんを巻き込む必要はさらさらない。明日は時間を見つけて、NS部長へ、北山玲子自身が、引き受けをきっぱりと拒否した。」と伝える。「万難を排して、田頭加寿代を遣うしかない。」と伝える。「すみませんが、僕自身も助成は困難になりました。」と連絡する。

 翌日出勤して、神戸Nの勤務開始時刻がやや経過した頃合いだと見当をつけて、伸一はS部長を電話に呼んだ。「神戸、東京間往復のとんぼ返りは本当にお疲れ様でした。」と疲れを労い、「部長、申し訳無いのですが、実は、」として、昨日の決心の内容を伝えた。「左遷に関してS部長は一切関係無いが、ここを冷徹に対処しておかないと際限がなくなる。」としか思いようがなかった。「部長、申し訳ありませんが、玲子さんが個人的に不可能になられ、僕自身も社の方針による取材対象の増加で、男性記者が多忙化することになってしまいました。」と追加した。「どうしても、田頭女史が必要であれば、手段を選ばず抱え込むしかないですね。『案ずるよりも産むが易し』の言い伝えもありますよ。」と助言して、「生まれる子に罪はないから、必ず彼女を正規雇用にしてやりなさい。」と再度助言して、さよならをした。

「実際、取材範囲の拡大は、当誌の存続に関わる重大懸案である。一般週刊誌の掲載内容と女性専用誌の競合の件もあり、同類他誌との熾烈な販売合戦に負ける訳にはいかない。絞っても、絞っても出ない知恵を更に絞り続けるしかなさそうだなあー。」と伸一は憂鬱になった。
 予定どおり、順調にノルマを果たして、一旦に社に戻り、一休みのハイライトを一服していると、偶然通りかかった玲子が、囁いた。「『
鞘当スキャンダル』が解明されましたよ。服役中のデスクはお気の毒に、背任的な横領が発覚して初めて、田頭さんへの熱い恋慕が、彼女の義侠心で達成できたのね。伸一さん、未練を残さないでね。お願いよ。」「冴えがいよいよ冴えを増してきたねー。今朝早く、S部長へ連絡して貴方も一緒に、Nとは今後一切合切手を切ったからね。玲子さんグループにも取材拡張分野に女性サイドからの協働をしてもらって、知恵を絞り切らんといかんのよね。荷が重いなー。 人を欺いた過去に、未練を残す余裕なんか逆さに降ってん出らんなー。わかった?」
合点お任せのブルースね。今夕合いに来るんでしょう。うちが出会いの経緯やその他を説明するわね。不足分を貴方が補足して下さいね。お酒はビールがいいのかしら。」「父上と同じでいいよ。社会人だから何か手土産がいるなあー。御両親は何が好物だろうかなー。父上は甘いものも召し上がられますか」。「父は
宮本武蔵でございます。」「ふうん。かぶるはじくだね。僕と同じだ。了解しました。最初から、一斗樽を担ぎ込む程の任侠ではないから、母上にも合うように、生菓子を少々手土産にするね。肝心な玲子さんは何でもオーケーですか。」「うちは、理解のタンゴです。」「ここで小次郎ハタと迷う。それでは焼酎『黒猫』も、小瓶を追加しましょう。母上がお嫁にこられたんですね。」「M中が揺れる大恋愛だったのね。尾鰭が大き過ぎたんよ。だから、うちしか生れんかったんよ。ねえー、伸一さん、尾鰭はなるべく小さくして、あらこそ太く長くね。子供ん、一人は可哀そうよ。」「了解のワルツです。」「私、新婚旅行はMの一周でいいわね。伸一さんがヌードや、アナルがよければ、合わせるわね。小説が産れる時は、それでも生まれるでしょう。」 

「ヌード、アナル姫、勿論の演歌で御座います。ところで、御父上はどんな歌を口ずさまれますか。」「そうね、若い時は浪曲だったわね。但し根深節よ。今はラジオで流れる演歌ね。新人の三郎さん、ベテラン八郎さんや、小畑実さん、ひばりさんなどね。数えきれないわね。三橋さんは嫌いらしいのよ。下品だそうです。うちね、音域が狭くて子守歌、童謡専門です。伸一さんはどうなの。」「我が家は、音痴一家の鼻歌音頭だなー。要するに、『取り柄無し家』とはこん家です。だから、DNAの良い家に養子婿に入り、一人こちらに入籍せよとの至上命令です。子作りに励み過ぎると、ろくなDNAは増えませんからね。玲子さん、そんな場面が生じたら、少数精鋭で行きましょう。小説も多作、乱作では何にも残らんでしょうからね。」「伸一さん、同感の連続再生で、加寿代さんに申し訳ないわ。」「古傷に塩を撒かないで下さい。それをされるならば、淡谷紀子さんしかありませんよ。今夕は失礼するかな。」

<何故か、冷たく深い沈黙が流れた>


 冷えで目が覚め、伸一は屋台のラーメンで一杯呷って、アパートに戻り、朝まで寝入った。

電話で目覚めると、神戸の兄からだった。「Nが再建青写真を公表した。大きい見出しで、あの任侠女性が、[つわり]を押して、N再建に全力投球で加勢とあるぞ良かったな、世間が彼女の支援団体を結成して応援するそうだぞ。N神戸を心配せんでいいからな。」で切れた。 「若しも現実に、藤原デスクの子が彼女に宿ったのであり、無事出生すれば、その養育成長に応援支援の任意団体が結成されるだろう。S部長が本気で田頭に働いたな。最早、自分の領域外である。確かにこれで、田頭への負い目は払拭できたな。しかし、兄からの連絡でいくと、自分の価値観は、現代日本の潮流とはまるで合わないな。」と伸一は悟った。

「やがて刑期が完了し、彼が出所すれば、マスコミは二人を、退廃的な現代への『
救世主的英雄』として諸手を挙げて歓迎することは間違いない。『喉元過ぎれば』の例えどおり、肝心なN神戸本社自身も時流に流されて、藤原デスクに飲まされた煮え湯を忘れ、背任横領の犯人を再び要職に就ける可能性は極め高い。部長級にするだろう。』こう考えると、伸一を一瞬悪寒が走った。「風邪を引いたらしい。」と感じて直に買い置きを飲んだ。

「彼の背任的な横領犯罪は、一寸の情状酌量の余地も無かった。刑事判決もそうだった。表面上はそれで完了する。けれども、簡単な服役ぐらいでは、矯正消滅しない、一種の性犯罪なのである。当人が元気な男でいる限り、再び鎌首を擡げる代物である。英雄的夫妻としての加寿代好き者ん女史の悩みは、犯罪発覚以前の、当人の離別した妻子の、二番煎じを飲むことになる。加寿代自身も、くねくねママの二代目で、例の発展家調を発揮するだろう。子供が男児であれば、性犯罪性と、好き者多情のDNAをしっかり受け継ぎ、藤原家は賑やかいことになるなあー」と伸一は、不愉快な思いで考え込んだ。
 「遅かれ早かれ、藤原デスクの出所前に、週刊誌等マスコミから一切、身を引かんといかんな。子を抱えてニコニコしている夫婦に向かっての取材などは、自分にとっては、とんでも無いことで、忍耐外の領域である。
:(
清水の舞台から飛び降りた方がましなぐらいである)。」と彼は沈思した。

今朝は風邪気味だが、一応社に顔を出す事にした。気が重い。頭も痛む。最低だ。これまでの健康状態では経験したことが無い。「まさかインフルでは。」と不安が浮かんだ。

美熟女社主が、「相島さん、例の件早めに素案を提示して下さいね。」ときた。「まさに、生き地獄だ。大海原に出るかなー。傍らには民宿の主殿がおられる。厳しく仕込まれる。悪くないなあー。時折ブス連会長さんと睦合う。益本家とは断絶だ。変な幻想もインフルが原因かもしれない。」と不安になった。 伸一は、取材途中で、耳鼻科か内科に立ち寄ることにした。出がけに出社する北山玲子とすれ違った。すました他人顔をしている。「全てが白紙だな。」と悟った。

「自分は世間を知らな過ぎた。特に女に関してまるで無知であった。今更後悔しても始まらない。
臍下丹田に力を入れて無に帰る事だ。」と自分を宥めた。内科の門を潜ったらどことなく落ち着いて来た。検査結果は単なる風邪となった。絶対間違いないとの断言付きであった。念のため、さらに取材の区切りを付けて、耳鼻咽喉科で検査してもらった。やはり陰性で、不節制と不養生による風邪だと診断された。「まだ二十代だと思って過信するな、」との忠告であった。安心して、美熟女へ提出の案件を練った。行き詰り、視角を変える事にした。「灯台元を突いて、『女性自身を問い直す』というメインテーマ。」はどうかと思いきることにした。「ここから、想像の翼を広げて見るのは斬新かもしれないぞ。」と意欲が湧いて来た。
「まずは、産婦人科、妊娠出産、社会進出での男女差実態等、セクハラ等々、男女あってこその、世間の根本的な在り方の追及。その視座を明確にする。大規模なアンケート調査とその分析。」が彼の素案である。
S部長を通じて、N紙神戸から、田頭仁吉女史を借りる。彼女の参画でN紙自身の宣伝になるとおだてる。」これがうまくいくかどうかが、カギを握るな。」と慎重に構えることにした。
本社からは
北山玲子が当たり、社主美熟女が自ら総括監督し、二人を徹底して競わせる。「このアンケートは、社主である私自身の発想ですからね。」として威厳を示す。「この件での伸一の存在は皆無とすること。」さもなくば退職しますと脅した。

 編集長美熟女がすぐさま動いた。Nが付和雷同して動いた―――義侠心女の宣伝、それがNの宣伝になると踏んで快諾したようだ。北山玲子は田頭へのライバル意識で快諾した。
 伸一は蚊帳の中から、一服しながらの見物となった。「平凡な取材をしながら、将来に備えて英気を養う。」と考えた。「二人の競合会場は、『つわり』を考慮して、神戸が人道的でしょう。」と社主に提案した。

ひと段落して、編集長が「伸一さん、今夜は私のところでお食事などはどう」と甘い誘いを発した。「熱がなければ喜んで」と、すぐ体温を測った。平熱に戻っていた。彼女宅まで同行した。社から結構離れている。
 アパートで
、質素な2DKに浴室、洗面、トイレが余裕を持って配置してあり、共働きの同棲用でもあるらしい。女性の一人暮らしで広々と整理整頓してある。彼女は部屋に入るとすぐヌードになった。下腹も出ていない。コインでも乳首が豊かだ。伸一をソファーに座らせて、「コーヒー、紅茶それともすぐにおビール。」と聞いた。「ビールを一杯だけおねがいします。」と遠慮がちに所望した。

「私ね、歳がいも無く、ヌーディストでアナニーなのよ。株式体制だけど、旦那なんかいないのよ。伸一さん、安心して楽になさってね。明日の朝、時間差出勤しましょうよ。」それではと、伸一もヌードに付き合った。「編集長、年甲斐もではなく、まだまだ、お若い、ということですね。」と、久しぶりにゴマを摺っておいた。「偶然ですね、僕も貴女と全て同じですよ。」「まあー良かったわ。」どこいらかの、鼻に付くようなくねくねさんと違って、スリムでセクシー極まりない。「下手をすると虜になりそうだ。けじめを付けんといけんな。」と冷静を失わなず、ゆとりを持つことにした。

「明朝の、兄からの定期便に備えて、ここの固定電話番号を知らせておく方がいいだろう。」と判断した。「固定は設置してないのよ。」と返事があった。かいがいしく夕食の準備をしている。「羽織ってちょっと買い物してくるからね。」と出て行った。伸一は、ハイライトを咥えて、今後の展望を巡らせた。「彼女は、どうもサラリーマン社主のようだ。合性がよく、仮に関係が続いても当社に長居は出来ない。所帯を持つことを焦っては悔いを残す場合があろう。既に、苦い体験を嫌と言うほど舐めさせられたからなあー。男には、所謂適齢期は存在しない。しかし仕事の二者、三者択一の決心は避けられ無い。仮に北山玲子が当てつけを詫びて、仲直りしても、職が安定しないことには周囲が許さないだろうなあー。」と、以下のようにあれこれハイライト二本目に入った。
(1)好感を抱いてくれた『発酵企業』に、伸一が役立つ部署がはたしてあるか、ないか。

(2)このままフリーランスのような記者活動を続けるか。それは見かけほど楽ではないはずだ。収入の安定は

期待出来ない。

(3)専門学校へ入学し、市町村職員等の新規採用を受験するか。
 
 編集長が、「お待たせね。」と言いながら入って来てヌードになった。「伸一さん、公衆電話が一階のすぐ傍にあるわよ。」というので、兄の帰宅を見計らって家に電話すると決めて、雑念を振り払った。「編集長なんとお呼びしましょうか」と尋ねた。「美代子さん、美代子でいいわよ。どうしたの。」「なんとなくね。美代子さん先にする。」「あら、あら、それもお待たせしたわね。」と、二人でベッドに横たわった。互いに激しく抱き合い求め合い、秘所を愛撫し合いながら囁いた。「初対面の時に、早くこうなれたらいいなあーと思ったんよ。」「美代子もよ、伸一さん。一目惚れね。」いきなり69に入った。美代子さんが溢れ零れている。伸一はこれまでに感じたことが無い程、大きく硬く隆々となった。美代子さんがうっとり、うるんだ目で、「太くて長いのね。」と咥えた。 “、、、、” 伸一は大量に射精した。同時に美代子さんが、よつ足の遠吠えのような声を挙げて「シヌン、シヌン、 ~ 」と身を捩ってぐったりした。二人は動かないでじっと抱き合っていた。完全に同時だった。美代子さんの乳首を舌で優しく愛撫した。彼女がうっとりしている。「可愛い表情だ。上品である。一人暮らしは勿体ない。ほんとうに旦那はいないのかな。」と、伸一には不可解千万であである。

「勿体ないなあー」と、シャワーは浴びないことにした。彼女の液が付いたままでよい。美代子さんが「洗い落とさないでこのまんまでいくわね。」と言った。「考える事も波長が合って、さながら合縁奇縁のお手本だな。」と、しばらく喜びに浸った。「男女間の年齢の差も、人生の様々な事案で無関係なんかな。これは、新しい発見だ。」と思った。生年を尋ねると、凡そ20年近い差がある。「同棲はもちろん、結婚出産も可能だな。」と、彼は「人生はそんなものか。」と感慨ひとしおであった。「食事は伸一さんの何時もの時間に合わせるわね。」と現実に戻った。「美代子さんので構わんよ。」と鷹揚に答えた。枕元の時計では、兄の晩酌まで少々時間がある。少しまどろむことにした。『美代子さんとは所帯を持たないと仮定して、どんなシンデレラの出現を待っているのか、何か当てがあるのか?』となると、「ありていに眺めまわして皆無である。」と結論した。「時折、年齢差の大きいカップルの誕生が世間の話題になったりするが、決して出雲大社組縁の神様』のいたずらや、気まぐれではなく、『熟慮断行の果実』なのだ。」と、伸一は新奇千万な定理に行き着いた。

 はっと目覚めて、兄貴の晩酌時間だと、羽織って出て一階外の公衆電話から「今夜は友人宅に泊まるから、明日はこちらから折を見て電話するからね。」と伝えた。「分かった。例の任侠女性は、つわりを押して、東京の女性週刊誌も手伝うと載っているぞ。支援団体の募金の動きが始まりそうだとある。他紙の夕刊だよ。」「細かいね。じゃあ明日。」と少し不安を感じながら切った。初めてこの言葉を耳にした時は、深く考えなかったが、妊娠後のつわりがもう始まった。と言うことは、正規採用を強引に推し進めておいてよかったが、
「まさかあの夜の、ビジネスシングルでの、自分との前回のそれが原因ではないだろうな。」と、不安を払い除けることに焦った。思い出す限り、「腹上であったことは間違いない。」「原因の可能性が皆無だとは断定出来ないな。」と、諦観した。

 出来上がった夕食を向かい合って、全裸のまんま、シャワー無しのまんま、二人でつつき合いながら、ビールを飲んだ。なかなか料理が上手である。年期入りだ。おおいに褒めた後、「僕の進路で美代子さんに相談があるんだけどね。ややこしいんですよ。」と口火を切った。「何かしらね。まあーどうぞ。少しはいけるんでしょう。このビール何故かおいしいわね。そう思わない。」「理由は、相思相愛だからですよ。」と喜ばせた。「僕の悩みは、四者択一なんですよ。この炒め物、美代子さん手作りですね。しっとりとまろやかだな。

(1)は、夜間の専門学校に通って、市町村の職員採用に挑戦しまくるかです。「とても合格しにくいそうよ。」
(2)は、今の週刊誌に可能な限りしがみついて在職するかです。美代子さん、どんと飲んで。そうそう。」
    「伸一さん も遠慮なくやってね。もう二つは何なの。」
(3)は、フリーランス記者になるかです。記事の買い手がつくか、これはむずかしいですよね。」
(4)僕が新米時代に取材した時、意外と好印象を持ってもらったある企業に職を求めて見るかです。
    たった四件なんですけどねえー
。ハムレット以上の苦しみですよ。
 
 なにもかも美味だなー。美代子さんと所帯をもったら血統値上昇は確実だな、ほんとに。ところで、明朝、定刻に出勤するには何時に起床すればよいのかな。」「ここは目覚ましまかせよ。」「もう年だから、明日の朝ピンピンはありえないか。しかし、横の女性が美代子さんならわからんなあー。これがお勧めってどれですか。この揚げ物。」「このニンニク擦り込み酢の物よ。はい、お口をアーンして。」「匂いがなくて美味ですね。」
「私にも少しおしる頂戴。」キッスした。「元気になってくれれば、挿入してじーと抱き合っているだけで、安らぐらしんですよ。経験はないけどね。」 「きっと元気になるわよ。してみせるわね。」

「それでですね。アンケート質問作成中に、吉良仁吉女史と、北山玲子さんが、何かの拍子で、僕を話題したら、口出しないで、知らんぷりで、じっと耳を傾けていて下さいね。ちょっと日本酒頂いてから、寝ます。」

「ちゃんとあるわよ。銘柄が多いから迷うわね。好みを決めてね」「これ行けますね。もう一杯ね。甘口ですね。女性向けだな。」「今度は辛口もおいとくわね。」「おやすみなさい。」 伸一はやはり、激しい放出の疲労からか、バタンキューとなった。

 何か手触りの違和感を下部に感じて目が覚めた。何故かすっきりして目覚めが爽やかだ。あれも元気にしている。隣にスリム全裸があった。引き寄せて、すーと差し込んで横になって向き合った。そのまま又一眠りすることにした。美代子さんもじっとしている。時折、ピクン、ピクンとする。彼女が応じて引き締める。目覚ましが響くまでそのままでいる事にした。「美代子さんとの年齢差に家族、特に兄が反対しないかなあー。」と思案しながら、夢うつつで考えた、「つわり開始は、妊娠後4週~5週、28日~35日目あたりだろう。「服役中」との、不本意な関係時期が定かではないが、“つわりが少し早いのではないか。例の任侠好き者ん女史の子種が明瞭になるまでは、待つしかない。」と行き着いて寝入った。

 激しい無粋な響きでさーと起きた。まだ太太として美代子の中におりたい風だ。揺り起こして、二人で大急ぎシャワーを浴びて、丁寧に洗い落した。朝餉は昨夜の内に準備していると答えた。さすがだ。兄からの定期便まで少し時間がある。羽織って降りて電話した。元気な声が届いた。「特に変わりは無いが、朝刊では、任侠女史の、つわりの元が、「「服役中」」だとは限らんそうだよ。発展家のレッテルがついたらしいぞ。世間の関心がまた集まったな。賑やかい女だ。体調はどうだい。」と心配してくれた。部屋に戻って、「鳥越苦労はしない。」と決めた。「美代子さんのTバックとプラを借りたいけど。」「どれでもお好きなのをどうぞ。」と、どっさり出してきた。「美代子さんの好みを着用しよう。」と決めた。きちーとして身が締まる。「あら、よく似合ってよ。」と、何時か聞いた抑揚だった。「過激を一組買うかな。」「私が買っておいてあげるわね。合いカギを一本渡しておくわ。」とチュッとした。

 忘れ物を点検してそっと出て、さっさと駅に向かった。幸い、乗り換えも知人に出くわさず所定の駅で降車出来た。緊張感が解けた。美代子さんと一電車ずらしたから、ハイライトを買ったり、缶コーヒーを飲んだりしながら時間を稼いで社へゆっくり向かった。美代子さんをやり過ごして喫煙コーナーで一服して、彼女が社内を整えた頃合いを見計らって出社した。北山玲子がわざと視線を反らして通り過ぎ、女性記者と打ち合わせを始めるようだ。伸一も今日の取材対象をチェックして、丁寧に項目を確認後、無駄が発生しない手順を検討して、社指定のレフを担いで編集長に連絡して出た。好天なのが幸いだ。歩きながら、頭を空にして、「項目に斬新な追加は無いかなあー。」と柔軟に廻らした。一つひらめき掛けるが、すぐに消える。事前に文書連絡してある団体もあり、事務的に片付くケースが結構あるが、「突発性の醍醐味が、自分の守備範囲。」と自負しているが。

神戸市内のイベントの突発事故で、入院中の被害者への取材にあたって、藤原デスクが、“謙虚なお見舞い心で当たれよ”と助言した時点でも、暗い顔と心で、背任的な横領をしていた。」と考えれば、「誰でも善と悪が同居して初めて人間なんだろうが、常に一貫して、二つの葛藤で膳が悪を抑え込む力が、「季節」と同様、家庭で育つものだとすると、『好き者ん女史のつわりは、彼が父親でない方が世間の為になりわしないか。』」と、雑念が湧いた。「今朝はどうも調子が整わない。外泊のせいかな。」と、ひらめきは取材開始後に期待することにした。「それにしても、北山玲子のこじれ、依怙地は、尾を引くなあー。」と怪訝なことだ。「伸一を女たらしだ。」と誤解したのか、あるいは「田頭へのライバル意識が強すぎるのか」、その両方とも言えそうだ。「二人が同席でうまく運ぶかな。美代子さんが技量の発揮どころである。彼女に快刀乱麻を断つ如く、二人の中を裁いてもらいたい。」と伸一は只管願った。

雑念ついでに、「仮につわりの父親が自分であれば、偽って好き者ん女史が、「服役中」に、貴方がパパよと押し通すことは後世まで悔いを残すことになる。自分だと医学的に判明すれば、潔く、黙々淡々として、引き取る。マスコミ等の取材は一切拒絶する。好き者ん女史を開放することが、あのカサブランカ並みの男の美学ではないか。そうなると、きついお叱り覚悟の上で、神戸の両親にこどもの全てを託すことになろう。天地に恥じない良心を持つと自負する人間として、避けて通れない基本である。とこう考えた。 「服役中」が元気に出所すれば、若い好き者ん女史は人生の生き甲斐となる出産子育ての機会はいくらでもある。
 生まれる子はどんな産れ方でも、すくすくと育つ宿命を背負っている。
虐待の坩堝に投げ入れられる謂れはない。
 『「服役中」が、好き者ん女史の、あの大向こうが喝さいした衝動的な誓いを破棄して、楽になってくれよと彼女に頼んでも、「最早、自分には過去の、しかも異次元の出来事である。彼女は、世間や、自分への手前、面子からだけでも破棄しないはずだ。』」と、伸一には断言できる。

「好き者ん女史が宿した『自分の子』を無事産み終えたら、母性の情愛で手放したがらない確率は相当高い。そん時は、「服役中」の正体を筋道立ててあるがまんまに説明する。『父親として、虐待を受けることが確実であるところに、頑是ない我が子を預けることは、命を懸けて出来んよ。』」と説得する。

恋の醜い嫉妬心』からだけで、遠くへ左遷した人物と、自分が単なる性欲のはけ口の、性交相手として見ていた女との間に生まれた子、他人の子を、優しく分け隔てなく育ててくれと頼むこと自体が、正気を逸した、狂気の仕業であるとして理解、納得するまで、親、親族なども動かして説得するしかない。それでも納得しない時は、残念ながら家裁で争うしかあるまい。いずれにしても、時を争って、まるで気は進まないが、冷静に好き者ん女史と対面して、宿った子の父親の特定を専門医で確定するように話し合うしかない。さらにその後の見通しも頭に入れておく方が将来のためになるだろう。言伝の手渡し役を美代子さんに依頼する。北山玲子が気づかぬように、、、」で、雑念を閉じて帰社した。「今日の取材は、紋切りに終始した。時にはそういう日もあるだろう。」と渋々自分を慰めた。わが誌関係のアンケート協働作成は明日、明後日共に神戸市内である。

 美代子編集長に、「後ほどお渡しする物があります。」として、暫く待ってもらうことにした。小会議室で、次のようにしたためて、便箋に書き写し、読み返して封印後、「北山玲子氏に気づかれぬように、田頭氏へ手渡して下さい。」と、頼んだ。「あら、あらラブレターね。」「いいえ、いいえ、何と三行半なんですよ。」彼女が快諾して「今夜も来る」と色っぽく誘うから、「今夜は兄貴と少々込み入った話があります。明日は出社後ですか。」「そうよ。」「じゃあ、出口まで見送りますよ。」

[田頭殿へ,

お元気?恋敵にされ、嫉妬で左遷された僕が、左遷した男(「服役中」)の邪淫の性欲相手(貴方)に妊娠させていた子を、出所後、彼が愛情こめて養育することは不可能。「つわり」の父親を確定して知らせて下さい。それ次第では、産れる子の養育で重大な話があります。妊娠中だから、転倒等に御注意。貴方の永続的な生活保障で、絶対に正規雇用とするように、S部長に強く、脅迫染みた依頼をしておきました。]  
               遠い、遠い、東京より、幸せと世界平和を祈りつつ

                                新米記者より

  連絡先 (時 ~ 時)TEL:
  追記:貴女の恩人・「服役中」の公金横領の原因は、社もマスコミも秘匿している、彼の破廉恥行為。(妻子がありながら)口説き落とした女性達との交際後、己の社会的面子維持のため、手切れ金や、彼女達からの脅迫を鎮めるための暗黒の手段でした。「これは、口に堅いチャックだぞ」はS部長の命令です。「服役中」の、残念ながら、生得的な性癖、性的倒錯等は矯正できません。

「男一匹、美代子編集長の紐になるわけにはいかない。近々土日を利用して、実家で兄貴と、転職の件を検討しないといけない。発行企業は一度当たって見る価値はありそうだが。」さてどうするかだと悩ましい。帰宅後直ぐに、途中で買った弁当と、つまみ類でちびちび飲みながら、兄の晩酌時を見計って、他紙の夕刊情報を聞くことにした。相談の件も伝えなくてはいけない。
 前にも考えたが、「男の結婚に適齢期は無い。じっくり機が熟すのを待つ、腹の据わりこそ大事だ。」兄の最新情報では、「
N紙神戸の再建は、ハード面だけでも暗礁に乗り上げそうだぞ。」とある。「船頭が多過ぎるのか。いずれも、どさくさに乗じて甘い汁を吸おうとのすっぽん集団だろう。」と伸一には、容易に想像がつく。「改めて振り返えれば、今回の背任的な横領の罪は、価極刑だ。その男に、後半生を丸抱えで嬉々として奉げますと臆面もなく公言して、自慢げに“つわり”まで公表した女の罪も大きいあー。ここまで来ると、最早、救いようはない。下手をすると共倒れになるぞ。」と、流石の伸一も、腹をくくる時が来なと観念した。

「健全財政の各支社は、仮に判決が命じようが、神戸本社にビタ一円も経済援助をしないことだ。言論、出版の自由を貫くことである。自分も好き者ん女史から、文字通り一切の手を引く時が来た。脳中から削除抹殺することである。この決心は二度か三度目になる。どうも優柔不断でいかん、いかん。」「飲み過ぎたな。」と反省した。兄は、「何時でも相談に乗るぞ。」と言ってくれた。「今回のごたごたで、自分が親父から勘当されても、彼は自立を応援してくれるかもしれない。」と微かに期待しながら、明日の朝の冴えに備えて、少し早いがいつも通り、プラ、TBを外し、ヌードで眠ることにした。
 ハット目が覚めると、何かが下腹を弄っている。気付くと女の全裸がいる。「知った事か。」と、そのままの姿勢を保った。「夢だ。」と断定した。相当経過して夢うつつでいると、元気になって咥えられている。相手のなすがままに委ねた。相手が上下を始めた。伸一がそれに応じている。イカセル気らしい。「妊娠したいのか。したければ勝手にしてしまえ。」とイキタクナッテ、中へ思い切り出した。その後、自然に外れてそのまま熟睡した。
 兄貴の定例で起き上がった。枕元にTB,プラの新品が揃えて置いてある。「朝刊によると、N紙神戸は多数の愛読者達に惜しまれながら閉ざすそうだ。複数の報道だよ。」と言う。「命運尽きたらしい。まさに極刑に値する。」と伸一には許せない。「横領犯は一人藤原デスクに留まらす、もっと上層部に相当数いたそうだぞ。」と兄が呆れ声で追加した。「一人ひとりの横領金は多額ではなく、期限付きの完全返済が課されたぞ。」と、追加してくれた。その集団には実刑者はいない。「N紙神戸が自分を拾ってくれた時は、既に、全体が腐敗枯渇した得体の知れない怪物だったんだ!!」伸一は原点であった自信を完全喪失し、『新聞記者』を放棄する方がよいのではないか。」と滅入った。

 置き土産から冷静に思い出すと、「美代子さんは、例の伝言の封を切って中味を読み、又封印して、内容から彼女流に判断して、大胆に、ここへ夜這いをしかけたんだな。」と結論した。「その若さがかわいい。悪い気はしない。封切りには言及しない」ことにした。
 「昼餉で補足しよう。」と、朝食を簡単に済ますと、電話が鳴った。出ると、「ダーリン、美代子よ、」と甘い声が届いた。「どうしたの?」と聞くと、「お土産気に入ったかしら。」と言う。「有難う、感激だ。これを着ると、美代子さんの手料理で毎日出来るよ。」「良かったわ。遅れずに来てね。」と、プツンと切れた。彼には、「彼女のその勝手さが、またなんともかわいいと。」感じられた。」眠気を払拭して、管理人に深夜のお礼を言って、早々に社に向かった。「まず、北山玲子を片付けることだな。」と気合を入れると、折よく入口で出会った。こだわりを抜き去って、軽やかに話し掛けて、昨夜練ったまんまを、「北山さん、丁丁発止のやり取りを期待していますよ。負けずに頑張って来て下さいね。」と投げかけた。「負けるもんですか。」ニヤリとした。ニコッと笑い返しておいた。美代子さんの部屋に入って、「封筒の手渡しをお忘れなく」とチューを交わして、さっと出た。暫くして、二人の出発を見送り、今日の取材対象を一服しながら点検した。同僚男性軍も、それぞれの持ち味を出すのに精一杯だ。鬼のいぬ間に愚痴を零し合う暇も無い。雑誌記者もさながら取材奴隷である。

 「アンケート項目の内容充実に、今後の当社の浮上、存亡を架けて願うのみで、自分もその場にいて、応援激励することが出来ないのが残念だ。美代子さんの行司采配の冴えをひたすら祈るしかない。二人のライバル同志が、それぞれのエンジンを全開してくれれば、駄作の項目はありえない。おつわりさんも、Nは閉鎖するが、己自身の面子を保つ努力をするだろう。」と、伸一の性善説が楽観的に鎌首を擡げた。
 順調に午前の取材を終えて、エネ補給の昼餉を味わっていると、「好き者ん女史と生まれる子の将来が、暗雲に包まれる様子」が、脳裏に浮かんだ。「あん時、大学編入を助言しておけば、益本翁も血圧があがらずに済んだのだ。彼らの進路に関して、今後の口出しは慎重に構えることだ。“つわり”が伸一の子だと客観的に確定すれば、その母子の安定のために全力を尽くさなくてはならない。当然の義務だ。」と、昼餉を閉じた。

「好き者ん女史が真偽を偽らんように、手立てはいらんのか。自然にしていて大丈夫なんか。自分は、田頭、益本家とは合んようだ。両家に不幸の種をまいた可能性が高い。昔を蒸し返すが、そん意味では、選んだ島が間違っていた。早計であった。」と、伸一はハイライトを一服しながら、女々しく堂々巡りをした。

気を取り直して、“つわり”の相手の真偽を偽る利点を場合分けしてみると、単純だと判明した。

*偽わって、伸一の子だとした場合、信じて当面の援助をするしかないが、「服役中」の刑期

 が終了するまでに、個体に成長して血液判定等で明瞭になる。偽り続けることは出来ない。

事実のまま「服役中」の子だとした時は、支援団体、応援団体、人権擁護団体等の募金、援

助活動に依存する。母体の重荷にならない仕事も斡旋してくれる可能性は高い。路頭に迷

うことは無い。従って真実を語ることが最大の利点である。

偽って、「服役中」の子だとした場合、経済的な支援はある年まで可能だが、学童になれば血

液型等で虚偽と判明する。その場合の逆風は、加寿代女史にとっては命取となる。

 

N紙神戸本社の完全閉鎖は、大きな社会問題であるが、従業員達に勤務年数相当分の退職金を支払い、働き口の斡旋等も楽なことでは無い。両方を天秤にかけての決断だろうが、管財人の胸中は察するに余りあるな。自分は、左遷されて早めに退職していた点で、本社に皮肉な貢献をしたことになるなあ。」と伸一は少し気が楽になった。食後の一服を終えて、気分一新して午後の分にさっと出掛けた。ノルマを完了して、社に引き上げ、編集長室を拝借して、本日分の整理統合に取り掛かった。「電話がくれば、ここにつないでくれ」と事務方に頼んでおいた。

「美代子さんの買ってくれた過激TBが、上下共肉体にぴったりして気持がよいな。」と思いながら一応整理して一服していると電話だと言う。「ダーリン、あたしよ。二人とも最初から物凄い殺気なんよ。狂気迫る程とはこんことだわねえー。がっぽり四つに組んで一歩も引かないのね。食事の時ぐらいリラックスすればよいのに、にらみ合いよ。昔何かあったんね。熾烈な△や関係とか。」「進捗具合はどうですか。」
「中身は濃厚だわね。まさに圧巻よ。」「
狂気の中の正気なんですね。Nは閉鎖して、田頭氏、自然失職だから、二人がわが社で、二人三脚の協働をしたら、向かう所敵無しですよ。編集長、どうされますか。」

「そうね、私とダーリンが所帯を持てば、落ち着くかもね。そうしますか。」
「今日は、予定通り神戸泊ですよね。その方が互いに疲れなくて、明日の能率が上がるでしょう。」「
ダーリンに会いに帰るわよ。」「好きんしろ」と思った。「僕は、今日は早く寝て疲労をとりますからね。夜這いを掛けても朝まで起きませんよ。兎に角、神戸泊ですね。お気をつけて」と言って切った。

 兄の晩酌時に電話が来たが、外ならぬ好き者ん女史であった。彼女が、S部長への伸一の心遣いのお礼を丁寧に述べた。「伸一さん、「服役中」の人の生得、本性がよく理解できました。」と感謝した。
「中絶すると決めたわ。どこがいいでしょうか。」と聞くから、「
M島の益本家に秘密裏に帰って相談して、その市内の信頼のおける産婦人科でしなさい。「服役中」の子種に間違いないんだね。」と念を押した。「
間違いないわよ。」と言う。「やがて、母子を虐待する可能性が強い。」と感じるそうだ。

「中絶の理由は、『胎児の父親に生得の負の遺伝があると確認されたからです。』と医師に納得してもらいなさい。それが事実だからね。」「神戸を離れて、元気んなったら、協和発酵へ出向いて自己紹介をして、“いずれわが社の社員に”と、君の忍耐力を褒めてくれた例の人ん面会を求めるんもよいぞ。」『「服役中」を見舞って、よんどころない事情が郷里で発生して、二度と神戸に来れなくなった。落ち着いたら、「服役中」の実家ん連絡を取り、無事出所後は、一旦実家ん戻るしかないでしょうねと伝えなさい。例の任侠タンカの解除をしなくては、両方とも不幸になるぞ。』と説明した。「世間体を気にすんな。蛇足だが、そん気んなれば、北山玲子とうまくやっていけそうなら、彼女んいる女性週間誌に紹介するぞ。」とも伝えておいた。「二人とも、相手ん無い利点ん持っちょるんだから、それを互いん尊重し合えば、うまく行くぞ。」と、平凡だが、実現性の高い助言をした。

 一服して、夕餉の仕度に取り掛かった。材料は簡素そのものである。鮮魚も備えた近くの小売店が、独身には意外に役立つ。 しんみりと、ちびりちびり始めていると兄貴から定期便がきた。元気がいい。「伸一、どうだ、千載一遇の、起業チャンスが到来したぞ。N紙神戸のブランドの買い手が付かんそうだ。不景気だとも言えるが、イメージダウンを懸念してるんじゃないかな。
 そこでだ、信頼のおける記者仲間で、
N紙最小規模の現存支社の三分の一程度を【
新生N紙神戸】として立ち上げるんよ。今の女性週間誌と内部提携してもいいなあー。そん気んなれば、俺も、親父も若干の出資をするぞ。編集の視座、理念等を、ほぼそのまんま受け継ぎ、ニューも僅かだが、浮き彫りにする。経営は、徹底して、オープンだな。たくさんの長い間の愛読者達は、他紙をあれこれ読み漁らんといけん。正直言って、行き場を失った記者諸君の受け皿がすぐさまある訳ではなかろう。スタート体制を有限か、株式かは、その道のプロが相談にのるだろう。機を逸すと、二度とチャンスの女神は振り向かんぞ。」と勢いよく切れた。

ニュー』と口にするのは簡単だが、具体を思いつくには強烈な感性が要る。伸一の頭に浮かぶのは、二人しかいない。「人脈を広げないと発展がなさそうだ。いずれにしても、今後の大きな課題だな。」と大いに参考になった。
「立ち上げるまでの手順などをあれこれ巡らし行動すれば、脳の活性化になりそうだな。」と思う内に、好き者んの件が一段落ついて、ひとまず安心し、ほっかりしたことも加勢したらしく、朝まで熟睡を続けた。


 兄からの連絡で、「昨夜話した件で、早くもなあ、同類の動きが具体的に載っているぞ。」と言う。「広いようで狭く、狭いようで広いのが世間なんだなあー。」と老成して感じ入った。「飛びつき参加は見合わせるよ。